androp

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 andropのニューシングル曲「Prism」を聴いて、第二のデビュー曲のようだと感じるのは筆者だけではないだろう。目の前に広がる地平にまばゆい陽光を射し込む情景が浮かぶ、光輝に満ちたイントロのギターフレーズが鳴る。マイペースかつ心地よい足取りで歩を進めていくようにややレイドバックしたミドルテンポで紡がれるアンサンブルからは、各パートのプレイの輪郭や表情が鮮明に確認できる。つまり、極めて音楽的な“記名性”が高い。4人のメンバーで音を鳴らす喜びが全面的に伝わってくるじつにシンプルでフレッシュなバンドサウンドだ。そこから“実像”や“素裸”という言葉が浮かんでくる。それは丁寧に旋律を紡いでいることがよく伝わってくる、人肌のぬくもりにちょうどよくフィットする=ヒューマニスティックな聴感をまとった歌メロもしかりである。内澤崇仁のボーカルは、いつの間にこんなにニュートラルなアプローチで揺るぎない力強さを感じさせられるようになったのだろう、と思う。今の自分は過剰に声を張らなくても、エモーショナルなボーカリストであれるという自信が垣間見える。そして、人生と僕と君をめぐるストーリー、その光を実直な筆致で描いたリリックは、困難にぶつかり立ち止まることがあったときはこの歌に立ち帰ればいいという指標をリスナーに向けて掲げるような趣がある。

〈光り出した未来に僕らの涙を拭え/心地よい風が吹いている もう離さないよ/たとえどんな未来が待っていても/何度だって自分だけの光で〉(「Prism」)

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 前作『blue』で人間の深淵な闇と徹底的に向き合ったからこそ、この「Prism」という曲は生まれたのだろう。換言すれば、昨年3月に自主レーベル<image world>を設立したandropは、その象徴的な楽曲としての「Prism」を生むために『blue』で人間の闇を描ききる必要があったのかもしない、とさえ思う。とにかく、andropがニューフェイズを迎える決定的な1曲として「Prism」があるのは間違いない。andropはこのシングル『Prism』からユニバーサルミュージック内の<ZEN MUSIC>とタッグを組むことになった。

 冒頭で「Prism」について語るにあたり、“記名性”や“実像”という言葉を用いたが、思えば、2011年にメジャーデビューしたandropは匿名性が高く、素性のほとんどがベールに包まれたバンドだった。ライブの照明は極めてダークで、スクリーンに映し出される映像も含めて、光と闇、生と死、喪失と再生は表裏一体であるというバンドの根源的なテーマ性を、まず闇ありきで表現することで、一筋の光の存在感を強調していた。革新的なMVやアートワークのクオリティは有無を言わせないものがあり、総合芸術然とした音楽表現を追求するためにメンバーの記名性を抑えるという狙いがあったのではないだろうか。またオルタナ、ポストロック、マスロック、シューゲイザー、ニューウェーブ、エレクトロ、ファンクなど、これまでandropが昇華してきたジャンルの要素は枚挙に暇がなく、サウンドプロダクションの随所に巧みなギミックが施されているのも特徴的だった。

 メジャーデビュータイミングで、メールインタビューの形式で初めて内澤に取材したときから彼は「僕らは、音楽は人を幸せにするツールだと思っているので、希望があることによって、生に変える力になると信じている。僕も音楽に救われてきた人間のひとりだと思っています」と語っていて、その記事を読み返してバンドの主義主張は不変なのだとあらためて思い知るが、andropのモードはキャリアと作品を重ねるにつれ、あきらかに開かれたものになっていった。ライブにおいてもオーディエンスと親密なコミュニケーションを図りたいという欲求がどんどん前に出ていくようになった。その結果、メンバー個々のパーソナリティやキャラクター性もあきらかになっていったのである。その極めつけが「Prism」だと言えるだろう。

 また、その開かれたモードを象徴するひとつの出来事として、近年の内澤のプロデュースワークが挙げられるだろう。かねてより、坂本真綾「レプリカ」、柴咲コウ「メメントダイアリー」など、女性シンガーの作編曲を手がけてきた内澤。昨年には、ONE OK ROCKのTaka、RADWIMPSの野田洋次郎らも参加したことで話題になったAimerのアルバム『daydream』で、「twoface」「カタオモイ」の2曲においてプロデューサーを務め、“作詞家・作曲家”としても新境地を見せた。さらに、miwaと坂口健太郎主演の映画『君と100回目の恋』の劇中バンドにも楽曲「アイオクリ」を提供し、同映画の挿入歌「BGM」も手がけた。これまでの活動範囲から、一歩外の世界へと踏み出したことは、新たなリスナーと出会うきっかけにもなっただろう。実際、これらの楽曲にはandropの楽曲にも通ずるポップネスが余すことなく発揮されている。内澤のプロデュースワークは、andropの活動にも新鮮な風を吹かせたはずだ。

 今、andropは本当の意味で自然体のバンドになったのだと思う。そんな彼らが描く表裏一体にある光と闇、生と死、喪失と再生の音楽表現は、間違いなくこれまで以上のリアリズムを獲得するに違いない。(文=三宅正一)