日本女子大学(「Wikipedia」より)

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 先日、学校法人日本女子大学(東京都文京区)が、生物学的には男性として生まれたが女性として生きるトランスジェンダー(病理学的に定義するところの性同一性障害)の学生を受け入れるかどうか、検討を始めたことがニュースとなりました。

 本件については、(1)入学許可に肯定的な考え、(2)否定的な考えの双方があり、性別をめぐる複雑な議論がなされています。

●女子大が入学を拒否する場合の法的問題

 女子大が、学生の生物学的な性別を理由として入学拒否をすることに法的な問題はあるのでしょうか。この点、私立大学のような私的な団体は、「女子のみが入学できる大学を設立する」という自由思想が強く働くため、また、これらの権利を有するため、これらの大学に対し「男子も入学させよ」と強く要請することは困難です。

 そのため、今回は国立大学を念頭に置いて議論を進めることとします(私立大学などの私的な団体には、後述する「憲法上の平等原則」はストレートには適用されません)。

 さて、国立の女子大がトランスジェンダーの男子の入学を拒否した場合に生じる法律上の問題点として、以下のようなものが考えられます。

(1)憲法上の平等権(憲法第14条)の問題
(2)憲法上の教育を受ける権利(憲法第26条)の問題

●憲法上の平等権(憲法第14条)の問題

 憲法第14条は、「すべて国民は、法の下に平等で、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定しています。

 今回の事案では、生物学的に男性であることを理由に入学拒否がなされているため、「性別による差別」の問題が生じます。もっとも、憲法第14条が意味する「平等」とは、なんでもかんでも国民全員が平等、という硬直的な考え方によるものではなく、「相対的平等(各人の差異を前提としたうえでの平等)」と解されています(最高裁判所昭和39年5月27日判決)。

 要するに、男性女性関係なく絶対に平等に扱うというわけではなく、たとえば「女性は出産をする」という変えられない事実(差異)を考えて、女性だけに「産休」を認めることは許されるということです。

 この点、最高裁判所は、

(1)区別することの目的に合理的根拠が認められない場合(目的の合理性)、

または、

(2)その具体的な区別と目的との間に合理的関連性が認められない場合(区別と目的との合理的関連性)

には、差別は合理的とはいえず、憲法第14条違反になるという判断をしています(国籍法第3条1項違憲訴訟等)。

●トランスジェンダー男子の入学拒否は憲法第14条に違反するか

 これを本件に当てはめてみるに、「国立の女子大がトランスジェンダーの男子の入学を拒否する」という方針について、「(1)目的の合理性」を否定することは難しいと思われます。

 なぜなら、大学としての自治や、他の女子生徒への配慮、男子トイレがないなどの施設管理における弊害など、区別する目的自体がおかしいという議論は成り立ちにくいと考えられるからです。

 もっとも、「(2)区別と目的との合理的関連性」については、もう少し議論が必要です。

 たとえば、他の女子生徒の心情に配慮しなければならないという点については、極論をいえば、生物学的には女性ですが、極めて男性に近い恰好をした女子生徒の入学は許可されるのに、女性に近い恰好をしたトランスジェンダー男子の入学を認めないことに合理性があるかどうかという議論です。

 つまり、ファッションや姿恰好でただちに男女の判断をすることがなかなか難しい今日、単純に「見た目」において「キャンパスに男性っぽい人がいることが嫌だ」「不快だ」という主張の整合性を保つことは難しいのではないかということです。

 もちろん心理的に生物学的な男性がいることに対し不快である方もいるとは思いますが、そのような主張とトランスジェンダーの権利のどちらを優越させるべきなのかという点については、一概に判断できるものでないことは間違いないでしょう。

 また、一律に男子の入学を拒否するという手段によらずとも、

(1)診断書や面接・面談などを行い、真にトランスジェンダーであると認められた者についてのみ入学を認めたりする。

(2)そのような者については、更衣室やトイレなどの施設利用に関し一定の制限を加えるなどの方法によれば、施設管理の点でも大学側の利益を大きく損なうものとはいえないとも考えられます。

 以上からすれば、「(2)区別と目的との合理的関連性」という点で、国立の女子大がトランスジェンダー男子の入学を「一律に」拒否することは、平等権侵害として憲法第14条違反となり得るといえます。

●憲法上の教育を受ける権利(憲法第26条)の問題

 憲法第26条は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定しています。ここで、「女子大で教育を受ける権利」というものが存在するなら、トランスジェンダー男子にとって、このような教育を受ける権利を侵害された、という主張もあり得るでしょう。

 もっとも、国が国民等にどのような教育を施すかについては、基本的には、「国」の施策によるものであり、ここではあまり議論の対象にはならないと思われます。

●この問題に対する一般的見解

 まず、「トランスジェンダー男子の女子大への入学」について否定的な立場からは、以下の見解があります。

・女子大であることを理由に(周りに同性しかいない)大学に入学した他の女子生徒やその保護者の心情にも、配慮する必要があるのではないか

・トランスジェンダーであるかどうかの見極めは曖昧な部分がある面も否めず、真に女性として入学したいとの真摯な思いではない人の入学についても許容せざるを得なくなるのではないか

・女子大ではなく、共学という選択肢もある

これに対し、肯定的な立場からは以下の見解があります。

・国際的に性の多様性を許容し、トランスジェンダーなど性の少数者の権利を十全していくべきだという流れに、日本も追従していくべきではないか

・医学的にもある程度、トランスジェンダーであるか否かの判断をなすことが可能になってきており、その精度も上昇していくと考えられる

・師事したい教授が所属している、特定の教育カリキュラムが存在するという点で、その大学でしか学べないことがあるのであれば、その大学だからこそ入学したいという思いを持った学生の意思を尊重するべきである

●結論

 結論としては、「トランスジェンダー男子の女子大への入学」は制限的に認めるべきであると考えられます。本当にトランスジェンダーであるかどうかという点では、医師の診断書の提出は必須でしょうし、入学前の面接、施設利用権(共同の女子更衣室の使用制限)を制限するなど厳格な要件を課したり、他の学生や保護者への説明会を開催したりするなどの運用が必要になるとは思いますが、女子大側には、これらに対し前向きに努めてほしいと思います。

 なお、誤解されている方も多いので補足すると、性同一性障害をもつ人の出現率は、男性で10万人に1人程度、女性で40万人に1人程度といわれており、また性転換手術は容易にできるものではありません。

 もちろん、ひとたびトランスジェンダー男子の入学を認めれば、性の多様化が進む現代において、他の性的少数者の入学も認めるべきではないかなど、議論が深刻化していく懸念もある以上、性の定義・概念という曖昧、センシティブな分野において、その権利主張を認めることに躊躇するというメンタリティーは大いに理解できます。今後も国民全体としての議論や検討が必要であると考えます。
(文=山岸純/弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士、高橋駿/早稲田大学大学院法務研究科)