吉本興業公式HPより

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 お笑いコンビ・ココリコの田中直樹が2日、妻で女優の小日向しえとの離婚を発表したことが話題だ。2人は大みそか恒例の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)の人気企画「笑ってはいけないシリーズ」で共演するなど芸能界きってのオシドリ夫妻と言われ、また田中は2013年に「ベスト・プラウド・ファーザー賞in関西」を受賞、そのイクメンぶりが知られていた。そのためネットでは「離婚は残念」「ショックです」「仲良しそうだったのにかわいそう」「(テレビ番組で放送された)息子の手紙を思い出してめちゃ泣きそうになる」など離婚報道への衝撃や同情の声が溢れたのだ。
 しかし、その様相に変化があったのは、離婚に際して「2人の息子の親権を父親である田中が持つ」と所属事務所が公表したことだ。これをきっかけに巻き起こったのが、母親の小日向への誹謗中傷、バッシングだった。

「親権手放す母親ってどうよ」「嫁が子供に育児放棄か暴力か」「飲み会ばかり行って育児をしなかった?」「母親に問題があると父親が親権を取れる」

 まるで親権を手放したことが母親失格であり、育児放棄さえ指摘するようなものさえあった。しかも、それだけではなかった。親権に関連づけるように、小日向に対する不倫疑惑、さらには「浮気相手の子どもを妊娠している」という妊娠疑惑までもがネットで流布され拡散されたのだ。

「小日向の浮気と妊娠が離婚の原因」「不倫決定」「親権父親って時点でお察しですわ」「子供は田中に押し付けて新しい男の元へ行くのか」「妊娠相手はバンドメンバー」

 もちろんこれは何の根拠もない憶測、デマだ。確かに3日早朝の「スポニチアネックス」の記事が「田中側は奥さんが浮気していたとの認識を持っており、それで別れ話になった」との関係者匿名コメントを紹介しているが、しかし「実際に浮気があったかどうかは分からない」とエクスキューズされた、つまり何ら裏づけのないものだった。しかし、こうした"小日向浮気説"はあっという間に広がり、3日報道の情報番組『バイキング』(フジテレビ)に出演した和田アキ子までも「離婚で男が親権をもつってなかなか」「子どもがお父さんがいいって、子どもが選択肢もっている場合もあるからね」と小日向が親権を手放したことを批判、さらに「奥様のほうに何かご発展があったりしたら言えないよね」と浮気を匂わせる発言すらしている。

 もちろんこうした根拠なきバッシングの背景にあるのは小日向が"親権を手放した"ことが一番の要因になっているのは間違いないだろう。

 だが、母親が親権を手放すことはそんなに批判され、悪者扱いされることなのだろうか。そもそも親権とは両親の権利ではなく、「子どものため」の権利だ。子ども自身の希望だけでなく、その生活や将来にとってどちらが有益かということも考慮されるもので、田中・小日向夫妻が子どもたちの意思とその将来を考えて決断したことなのだから、外野があれこれ非難するような問題ではない。

 しかも今回の報道でもスルーされているが、親権と養育(監護)権は別ものだ。日本の法律では両親が離婚した場合、共同して親権を行使することはできないため、止むを得ず親権をどちらかに決めなくてはならない。そのため様々な事情により親権と養育権を父母に分けて、父親が親権をもち財産管理などを行い、一方、母親が子どもを引き取って養育する例は、いまでは決して珍しいことではない。

 実際、芸能界でも2002年に離婚した安室奈美恵は息子の親権を夫だったSAMに渡すかたちで離婚、養育権は安室がもち、同じマンションの別室に住み、時には協力しながら育児をしたことで知られる(2005年には親権も安室に移行)。また2006年に離婚した麻木久仁子も、ひとり娘の親権は父親で作曲家の松本晃彦がもち、養育は麻木が担っている。

 今回の離婚に際し、田中サイドは「2人の息子たちの親権はいずれも田中が持つ」が、その他は非公開として会見を開く予定もないという。つまり、親権は父親である田中にあるが、養育権をどちらがもつかは公表されてもいないのだ。

 いや、もし田中が息子たちを養育するとしても、それでなぜ母親が責められ批判される必要があるのか。しかも田中本人も子どもたちの今後について「子どもたちの父親、母親としてしっかりと責任を果たしていきたい」と両親としての責任をはっきりと表明しているにもかかわらずだ。

 こうした風潮は、14年、中山美穂が親権を手放すかたちで辻仁成と離婚した際にも起こっている。また現在『NEWS23』(TBS)でキャスターをつとめる雨宮塔子が、16年の復職の際にフランス在住の離婚した前夫に2人の子どもを託したときも、「母親失格」「身勝手」などのバッシングが起きたことは記憶に新しい。そこには「母親のくせに」という"感情論"と、そして日本に根強く存在する"母性神話"がある。そう、子どもを守り育てるのは母親の役割であり、母親も子どもの側にいるのが一番幸せだという押し付けと価値観だ。

 だが、この母性は本能などではない。フランスを代表するフェミニストで、歴史家でもあるエリザベット・バダンテールは1980年に発表した『母性という神話』(ちくま学芸文庫)で、母性は18世紀頃につくられた神話であるとして、こう批判した。

「女は母親という役割に閉じ込められ、もはや道徳的に非難されることを覚悟しなければ、そこから逃れることはできない」
「人はこの母親の任務の偉大さや高尚さをたたえる一方で、それを完璧にこなすことのできない女たちを非難した。責任と罪悪とは紙一重であり、子どもにどんなわずかな問題点があらわれても入れかわるものだった」

 日本はこの母性神話の強制力がとてつもなく強い国だ。日本では、離婚した際に8割以上のケースで母親が親権をもつといわれているが、現実には、母親が元夫や親族から「子育ては母親が責任を負うべきもの」というプレッシャーをかけられて、十分な生活、自立能力がなくても親権者になっているケースも多い。裁判所の判断も同様で、親権訴訟になった場合は、よほどの事情がないかぎり母親に親権を認める傾向がある。
 
 一方で、親権を手放した父親が非難されることはほとんどない。しかも離婚後、父親による養育費不払いが横行しているが、それも母親側の"自己責任"とされ、シングルマザーの貧困の大きな要因となっている。

 そもそも世界的に見れば、離婚後、両親のどちらかにしか親権がないという考え方がおかしいのだ。夫婦が子育てを等しく分担、共有し、等しく子どもに愛情を注ぐ。それが世界的な流れである。だが結局、この国は子育てを母親だけが負担するという価値観から抜け出せないでいる。それが今回、小日向への卑劣な誹謗中傷、バッシングで露呈したということだろう。

 こうした非科学的、感情的な親権の考え方が、母親"だけ"が子育てをするという社会的強制を生む。男尊女卑的で旧態依然とした子育てウヨク的なこうした風潮こそ、少子化を加速させ、シングルマザーの孤立や貧困、子どもの虐待など大きな社会問題さえを引き起こすことを決して忘れてはならない。
(伊勢崎馨)