2014年ウインブルドン本戦の1回戦後……。杉田祐一の会見室には、敗戦にもかかわらず地元イギリスの記者たちの姿が見られた。


バルセロナオープンでベスト8進出を果たした杉田祐一 この年のウインブルドンで、杉田は18度目のグランドスラム挑戦にして初めて予選3試合を勝ち抜き、本戦出場を果たす。その足掛け5年におよぶチャレンジの足跡が、英国記者たちの関心を呼んだ。彼の名は地元メディアにも度々登場し、なかには杉田の戦いを10世紀末から11世紀にかけてイスラム王朝を築いた君主になぞらえて、「北西インドとの国境に17度も進攻を繰り返したマフムード王の不屈の意思は、現代の杉田のなかに息づいている」とつづるものまであったほど。

 17度の失意を乗り越え、ついに夢舞台の扉を開いた25歳は、”苦労人”として世界にその名を知られることとなった。

 それから3年後――。杉田は「驚異のラッキールーザー」として、自らの名を世界へと知らしめる。バロセロナオープン予選に出場していた杉田は、予選決勝で敗れるも、錦織圭の欠場により本戦へと繰り上がる。その吉報を受けとったとき、杉田は今しも空港に向かうところだったという。

 期せずして手にしたこの僥倖(ぎょうこう)を、彼は単なるラッキーでは終わらせない。初戦で地元スペインの人気選手トミー・ロブレドを破ると、2回戦ではトップ10の常連であるリシャール・ガスケ(フランス)をフルセットの死闘の末に撃破。3回戦ではクレー巧者で大会第7シードのパブロ・カレーニョ・ブスタ(スペイン)をもストレートで退ける。

 173cmと小柄ながらも、杉田は抜身の刀で切り込むようなリスク覚悟の攻撃テニスで、勝利を次々と掴み取っていった。その快進撃は世界9位のドミニク・ティエム(オーストリア)に止められるも、ATP500グレードの大会では自身初となるベスト8の大躍進を果たしたのだ。

「ATPツアーでインパクトを残していないと、他の選手たちに警戒してもらえない……」

 3年前にウインブルドンの初戦で敗れたとき、杉田はもどかしそうにそんな言葉を口にした。ようやく辿り着いたグランドスラムの舞台だが、出られただけで満足など到底できない。とはいえ新参者がすぐに結果を残せるほどに、簡単な世界でもないことを彼は誰より知っている。

“お客さん”のままでは戦えない。自分の居場所を確立し、対戦相手たちにも認めてもらえなくてはならない……。18回目の挑戦にして至ったグランドスラムの舞台で、敗戦の悔しさとともに新たな目標と決意を胸に刻んだ。

 世界のテニス界には「苦労人」として知られた杉田だが、日本のテニス界では、彼の名は早くから「才能豊かな期待の若手」として知れわたっていた。

 高校3年生時、世界最高レベルのジュニア大会である「大阪スーパージュニア選手権」で優勝。彼の眼前には、三菱電機との契約や早稲田大学進学など、次々と光の当たる道が開かれていった。

 しかしそれから程なくして、深い迷いの森に、彼は足を踏み入れる。

「17〜18歳のころはいろんな物が自然とついてきたから、考える必要もなかった。すると20歳のころにランキングが落ちたとき、ランキングを戻すことしか考えられなかった。自分が何で勝負すべきかが見えていなかった」

 悩み、もがき、ときにはあまりに多くの情報と助言に触れ、「考えがグチャグチャになった」とまで彼は言った。

 そんな杉田にひとつの転機を与えたのは、やや意外な人物である。

 それは、杉田よりも7歳年少の西岡良仁。2014年に18歳でアジア大会・金メダルを獲得するなど若くして躍進する西岡の姿に、杉田は過去の自分を重ねていた。やがてその西岡とは、同じフィジカルトレーナーに師事したこともあり、身近で見たり話をする機会も増える。

「若いのに、すごくいろいろと考えているな……」

 短期的な目標に向かって無心に邁進し、同時に長期的視野に立った計画的なトレーニングや転戦スケジュールを組む西岡の姿勢は、杉田にも進むべき道を示した。

「彼が僕を変えてくれました。そうでなければ、あのままズルズルといっていたかもしれない」

 そう真っ直ぐ口にすると、彼は少し表情を和らげ、「僕から本人に礼を言うのはなんですが、こういう形で伝われば……」と、独り言のように続ける。ふと漏らしたこのひと言に、杉田というアスリートの美学が凝縮されているようだった。

 目指すべき地点をクリアに視野に捉えた杉田は、ここ2〜3年は予選からでも果敢にATPツアーのハイレベルな大会に挑んできた。

「僕も”ATPツアーの一員”なので」

 昨年末、杉田は自分に言い聞かせるように、矜持を込めてそう言った。初出場のウインブルドンで感じた「相手に警戒されることの重要性」を道標に、より高いレベルに身を置くことを課した彼は、昨年はリオ五輪に出場し、シンシナティ・マスターズでも予選を突破して本戦3回戦まで勝ち進む。

 そんな杉田の能力を、誰よりも客観的かつ高く評価しているのは、恐らくは錦織圭だろう。

「100位前後にいる選手では、杉田君のテニスが一番しっかりしている。スキが少ないので、正直、彼は50位くらいにいてもおかしくない」

 先ごろ杉田をそう評した錦織は、ふわりと笑顔を浮かべて、「なので、もうちょっとがんばってほしいです」と、いかにも彼らしい柔らかな口調でエールを送った。それから約1ヵ月後――、錦織の欠場により手にした幸運を杉田が活かしたのは、どこか運命的な巡り合わせだ。

 杉田祐一の名は、もはや「苦労人」や「ラッキールーザー」の文脈で語られることはないだろう。

 昨年はマスターズでアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)らトップ選手を破り、今回のバロセロナでもベスト8に食い込んだ。彼は今や、対戦相手やトッププレーヤーもが危険な男として警戒する、真の「ATPツアーの一員」なのだから。

■テニス 記事一覧>>