母国の変化は、ドクさんの“立ち位置”にも少なからず影響を与えたはずだと語るモーリー氏

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『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが結合双児として生まれ、分離手術に成功した“ベトちゃんドクちゃん”で知られるドクさんが、広島国際大学の客員教授に就任した背景について語る。

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“ベトちゃんドクちゃん”で知られるグエン・ドクさんが、この4月から広島国際大学の客員教授に就任、平和や命の大切さなどを講義することになったそうです。現在36歳となったドクさんが、なぜ広島で「平和や命」を語ることにしたのか―その本心は知る由もありませんが、彼の母国ベトナムの国内事情、政治的背景はことのほか複雑です。

ドクさんは、兄のベトさんと下半身がつながった結合双生児として生まれ、後に分離手術に成功(ベトさんは2007年に死去)。これはベトナム戦争で米軍が大量散布した枯れ葉剤の影響とされています。誤解を恐れずに言えば、“ベトちゃんドクちゃん”はアメリカの非人道的行為の被害者として、社会主義国ベトナムの反米プロパガンダの象徴的存在となりました。もっとも、ベトナム国内において反米機運が主流派を占めていた時代までは、ですが。

この20年、ベトナム社会は大きく変容しました。1995年の米越国交正常化により、両国は急接近。出生率のすさまじい上昇で“戦後生まれ”がすでに多数派となった現在のベトナムでは、若者らは反米どころかアメリカへの憧れを隠そうともしません。首都ホーチミンのマクドナルドやスターバックスには行列ができ、ベトナム戦争で使用された枯葉剤の製造のメーカーである米モンサント社でさえ、ベトナムの農業ビジネスに深く食い込んでいます。

極めつきは昨年5月、ベトナム戦争終結時から続いたアメリカによる武器禁輸措置が全面解除されたこと。それまでロシア頼みだった軍事分野でも、ベトナムはアメリカと協力関係を築くことになったわけです。

その背景には、膨張を続ける中国の脅威があります。79年の中越戦争以降、2国間では南シナ海の領有権をめぐり何度も軍事衝突が発生。近年は海底油田の開発も絡み、緊張は高まる一方です。国民の反中感情も深刻で、若者を中心とした反中デモが頻繁に起きています。

かつての敵国であるアメリカと組んででも、“今そこにある危機=中国”に対抗したい。そんな思惑を持つベトナム政府は、アメリカ政府に枯葉剤被害者への補償を求めこそすれ、声高に謝罪を要求するようなことはしていません。自国の地政学的立場を考えれば、超現実路線(米越連携による対中戦略)をとるしかないとの判断でしょう。

反米から親米・反中へ。こうした母国の変化は、ドクさんの“立ち位置”にも少なからず影響を与えたはずです。戦争の凄惨さを知らぬまま急速な経済発展に沸く戦後世代はすでに国民の過半数を占め、反米的な主張にはなじまない。そして政府も、かつてのように反米プロパガンダを展開することはない―。

昨秋、広島を初訪問したベトさんはこう発言しています。

「原爆と枯れ葉剤の被害はどちらも戦争によるもので、同じ痛みを共有しています。世界では今も戦争が繰り広げられていますが、争いをやめ、化学兵器や核兵器は廃絶しなければなりません」

この言葉どおり、彼は純粋に広島で戦争の悲惨さを語りたいのでしょう。ただ、こうした母国の“変化”も、彼の人生の選択に何かしらの影響を与えたのではないか…。僕にはそう思えてなりません。

●Morley Robertson(モーリー・ロバートソン)

1963年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオDJなど多方面で活躍。フジテレビ系報道番組『ユアタイム〜あなたの時間〜』(月〜金曜深夜)にニュースコンシェルジュとしてレギュラー出演中!! ほかにレギュラーは『NEWSザップ!』(BSスカパー!)、『モーリー・ロバートソン チャンネル』(ニコ生)、『MorleyRobertson Show』(block.fm)など