「Thinkstock」より

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●未明に運び込まれたミサイル防衛システム
 
 平和な農村風景が広がる韓国中南部の地方都市・星州(ソンジュ)郡。ここで4月26日未明、キナ臭い衝突が起こった。大量の装備品を積んだ米軍トラックの車列を、約500人の地元住民らが乗用車のバリケードで阻もうとしたのだ。

 装備品の行き先は「ロッテスカイヒル星州カントリークラブ」の跡地。米軍のTHAAD(サード高高度ミサイル防衛システム)配備予定地だ。ほどなく警官隊が住民らを排除し、米軍トラックは無事に装備品を搬入。こうして2013年以来の懸案だったTHAADの韓国配備が、だしぬけに急ピッチで動き出した。

●THAADの韓国配備をめぐって火花を散らす米中

 北朝鮮の核兵器・ミサイル開発をめぐり、米中が火花を散らす朝鮮半島情勢。そんななかで「とばっちり」ともいえる難題を両大国から突きつけられているのが、韓国だ。

 中国はTHAAD受け入れに対する報復措置として、韓国製品の不買や芸能人締め出しで応酬。一方、トランプ米大統領はTHAAD配備費用として韓国に10億ドル(約1100億円)の支払いを要求する始末だ。

 THAADは、敵の弾道ミサイルを高々度で迎撃するミサイルシステム。アメリカは韓国への配備を北のミサイル開発への対抗措置と説明するが、中国は強硬に反発している。自軍の核抑止力を無力化される懸念に加え、レーダーが中国国内の監視に利用され得るからだ。

●ついに既成事実化したTHAAD配備

 韓国国内でも反対世論は根強い。韓国の公営放送KBSが今年3月に行った世論調査では、THAAD配備に対して賛成51.8%、反対34.7%。「防衛の効果がない」「周辺情勢を不安定化させる」「アメリカ追従」などが反対理由だ。

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権が反対世論を押し切ってTHAAD配備に合意したのは、16年7月。だが、18年2月まで任期を務めるはずだった朴前大統領は、同年12月に「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」で権限停止に。政界ではTHAAD反対を掲げる次期大統領候補が乱立し、配備の行方は一気に不透明化する。

 韓国メディアではそれまで「THAAD配備は今年5月以降」との見方が有力だった。そこへ米軍と韓国国防部が隙を突くように、4月26日から配備を強行したかたちだ。

 韓国国防部は、北の核やミサイルの脅威が増したためと説明。だが韓国メディアは、5月9日の大統領選との関連を指摘する。政権交代で計画が修正される前に、駆け込みで配備を既成事実化したというわけだ。

●中国が報復として「韓国旅行禁止令」を発動
 
 これに対して中国外務省は4月26日、「地域の平和と安定を実現する上で妨げになる」と表明。米韓に抗議したことを明らかにした。中国は3月30日にも、国防部の報道官が次のように警告している。「THAAD配備が韓国を安全にすることはない」「中国軍は『THAAD配備反対』を言葉だけで終わらせない」。

 中国は実際にこれまでもTHAAD配備計画に対して「実力」で牽制してきた。その標的にされているのが、受け入れ国の韓国だ。

 16年7月に米韓がTHAAD配備に合意すると、中国ではその翌月から韓流スターがメディアから消え、韓国人に対する商用ビザ審査が厳格化された。同年10月には、中国「国家旅遊局」が国内旅行会社に訪韓観光客を2割減らすよう通達している。

 だが、韓国側も配備計画を止めず、その翌月に懸案だったTHAADシステム用地選定を終了。今年2月末にその取得契約を終え、年内の配備完了に向けて大きく踏み出した。

 これに対して中国はついに「韓国旅行禁止令」を発動。3月15日から、国家旅遊局がパッケージツアーをはじめとする韓国旅行商品の全面販売禁止に踏み切ったのだ。

●中国依存の観光業界に打撃
 
 日本でも「爆買い」中国人客の消費縮小が、各業界にインパクトを与えたのは記憶に新しい。だが韓国経済が被る影響はそれよりはるかに深刻だ。

 16年に韓国を訪れた外国人旅行者1720万人のうち、中国人は47%に当たる806万人。日本は同じく2404万人中637万人、シェアは26.5%にとどまる。さらに中国人の韓国旅行はパッケージツアーが多い。全中国人旅行者に占めるパッケージツアーの比率は、日本向けは約30%に対して韓国向けは約45%だ。もちろん韓国旅行禁止令には個人旅行向けの商品も含まれる。

 韓国旅行禁止令の結果、中国人旅行者は4月上旬までに前年同期55万人から19万人に急減。実に65.5%ものマイナスだ。韓国観光公社は、17年の中国人旅行者数が昨年の約半分まで落ち込むと試算。免税品販売及び観光関連の収入は、約8兆ウォン(約7800億円)の減少を見込んでいる。

●THAADの報復で総額200億ドルが消失?

 中国人の反韓感情も、韓国企業の脅威だ。今年3月2日には中国陸軍の羅援少将が、現地紙『環球時報』で「THAAD反撃十策」と題したコラムを発表。星州への先制攻撃、ミサイル攻撃力の強化といった軍事的対応策に加え、韓国企業に対する「懲罰的な報復措置」を国民に呼びかけた。

 韓国製品の不買運動はすでに深刻だ。韓国自動車メーカーの現代・起亜自動車は、今年3月の中国での販売実績が前年同期比52.2%減に落ち込んだ。今年からの減税幅縮小で中国の自動車市場が縮小したところへ、THAADによる反韓感情が直撃したかたちだ。

 現地では競合メーカーのディーラーが、反韓感情を煽るキャンペーンまで繰り広げている。「韓国車を下取りすれば割引」「韓国車の注文をキャンセルすれば記念品プレゼント」といった具合だ。韓国車の販売減にともない、現地進出した韓国の部品メーカーも業績が悪化。こうした中国の報復措置による韓国の経済損失は、総額200億ドル(約2兆2000億円)とも見積もられている。

●THAAD用地提供の代償に猛攻撃を浴びるロッテ
 
 なかでも名指しで集中砲火を浴びているのが、THAAD配備用地としてゴルフ場を提供したロッテグループだ。ロッテグループの量販チェーン「ロッテマート」は、中国で展開する全99店舗のうち87カ所が休業状態。今年2〜3月に中国当局の消防点検で些細な違反を指摘され、営業停止処分を受けたせいだ。

 また中国へ輸出する製品も狙い撃ちにされ、ロッテ製のキャンディが通関で差し止められた例も。韓国国内のロッテ免税店も売上の7〜8割を中国人観光客に頼っていたため、「韓国旅行禁止令」がもろに直撃している。

 ロッテグループの試算では、THAAD用地提供の契約を結んだ今年2月末から上半期の損失は1兆ウォン(約980億円)に及ぶ。だが韓国政府に救済を求めようにも、朴前大統領の罷免で政権は空白状態。そこへ今回の配備強行で、完全に退路を断たれた格好だ。

●究極の選択を迫られる韓国新政権
 
 中国の報復措置に対して、韓国国民の間でも反中感情が高まっている。そうかと思えばトランプ大統領の「10億ドル要求」発言で、今度は一部に根強い反米感情も噴出する始末だ。

 だが仮にTHAAD配備前なら計画修正があり得ても、すでに米軍が設置した装備を韓国が撤去する代償ははかりしれない。韓国がTHAAD問題で取りうる選択肢は一気に狭まり、ハードルははるかに高まった。朴槿恵政権が追求したバランス外交の結末は、新政権に恐ろしく困難な選択を迫っている。
(文=高月靖/ジャーナリスト)