イノベーション・チームが知るべき「2つの違い」

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セールスフォース・ドットコムでは顧客向けイノベーション支援プログラム「Ignite」を導入している。「Ignite」とは、ソリューションデザインチームが顧客の「デジタル・トランスフォーメーション(事業の構造的変革)」という経営課題に対し、顧客とともに課題の可視化、解決策のプロトタイプ化を行う取り組みだ。

前編に続き、同プログラムのグローバルトレーナーであるマリオ・ルイーズ氏に、どのように顧客の経営課題解決に取り組んでいるのかを聞いた(インタビュアー:biotope・佐宗邦威CEO)。

佐宗:セールスフォースの顧客向けイノベーション支援プログラム「Ignite」とデザインスクールでの学びとの異なる点として、「プロトタイピング」のアプローチをあげられました。その違いにとても興味があります。

マリオ:セールスフォースの技術を用いてプロトタイピングを行ってもらいます。スピーディーな開発環境をつくり、顧客のためのデモ環境を作り出すことができる。我々の技術とプラットフォームを用いて、最終的なデザイン(見た目や感触)を見せると同時に、デザイン思考の文脈のもとでのビジョン作りや、ユーザーのためのストーリーを作り、サポートしています。

佐宗:開発サイクルは、どのくらいの期間でしょうか。

マリオ:私の感覚では、リサーチフェーズが4週間、DAREフェーズである共創が2〜3週間、DOフェーズが4〜5週間です。顧客とプロトタイプの開発と改善を何度も繰り返すため、顧客と共にやることが大切です。またユーザーも巻き込みます。消費者向けのものであれば、消費者からフィードバックをもらい利便性を高めることが有効です。

佐宗:約3カ月間、フルタイムでコミットするのでしょうか。顧客からすればなんて豪華な体験でしょう。

マリオ:はい。我々チームは、「Ignite」だけにフォーカスしていますから。我々は顧客と一緒に”旅”に出て、お互いから学び、同じ問題を扱う1つのチームとなります。これはいいことだと思っています。そこに価値があり、多くの時間をともに過ごすことで、表面的な理解ではなくなりますから。

我々が、ビジネスや人間、テクノロジーについて理解すればするほど、顧客はつくり出される「ビジョン」に自信がもてます。そして変化をマネージし、ビジョンをしっかりと実装までつなげることができます。

佐宗:セールスフォース側が引っ張っていくのでしょうか。

マリオ:顧客側のチームと我々のチームでは、それぞれ異なる部分を見ています。我々はアプローチをファシリテートし、そのアプローチが人間中心であり、アクティビティが遂行されることを管理します。ビジネス、テクノロジー、ヒューマンという観点が、しっかり顧客のアプローチに組み込まれるように、我々のチームには、技術の専門家や建築士など多様なメンバー構成になっています。

佐宗:ソーシャルな側面についてはいかがでしょうか。

マリオ:イノベーション・プロセスのソーシャル面とは、チームを導くということです。我々のプロジェクトは3カ月という期間なので、この間にどうやって「ブレイクダウン」し、「チームのメンバーがコミットする事に納得してもらえるか」──中でも特に、懐疑的だったり自信がない人に、自信をつける教育の要素が強いです。それは時速0マイルを急に60マイルにするのではなく、時速10マイル、20マイルと段階を踏んでいきます。このプロセスがコアになります。

また、もう一つ大事なのは、目的を正しく説明することです。大きな変化は、たくさんの人に影響し、かつ、浸透するのに長い時間を要します。だからこそ、「目的」や「なぜやるのか」という理由を”強く発信する”必要があります。顧客の中に目的意識をつくり、変化の必要性を理解してもらうためには、役員に届かなければいけません。そして、顧客には、ビジョン、目的に沿って、「どうしたら組織を導けるか」を考えてもらいます。

そのため、ソーシャルな面のもうひとつの側面は、組織内で小さなムーブメントを起こすことだと言えます。そのムーブメントを起こす仕組みは、組織内の変化と似ており、いかに変化をマネジメントし、どのようにビジョンとアイデアを伝え、様々な動きがある中で、教育とコミュニケーションを管理することになります。

佐宗:「目的のデザイン」について詳しく教えて下さい。最近、私の仕事の中で、ビジョンをデザインするプロジェクトが多くなっています。多くの人が「ビジョンづくり」の新しい方法に興味を持っています。私はこれこそが”デザインと経営の最適な交差点”だと思っています。プロセスの話をする中で、未来の体験のビジョンやチームのビジョンづくりの話がありました。デザイナーは経営陣のビジョンづくりにどのように貢献できるのでしょうか。

マリオ:それは「なぜ、その組織にとって重要で、なぜ、急を要するのか」という質問からはじまります。ビジネスモデルが破壊されているのか、成長性が乏しいのか、変化を欲しているのか。顧客と腹を割って会話し、「未来には、我々のビジネスはこうなって欲しい」という仮説を立てます。解決策ではなく、あくまで問題を人間中心でみるということ。

新しいユーザーインターフェイス(UI)が必要だ、というソリューションから入る顧客もいますが、そうではありません。そのチームのエコシステムへと戻し、関係するものを見直し、全体的なアプローチをとります。

佐宗:未来やビジョンは、アートな側面とマネジメントの側面があります。私はマネジメントは一種のアートだと思っています。デザインスクールでの学びのひとつにエコシステムの観点から複雑なものを見るメリットをあげていました。エコシステムの観点から”全体を見ること”をどのように教えていますか。

マリオ:よくありがちなのは、問題解決にリニア(直線的)なアプローチをとることです。デザインはノンリニアなアプローチです。デザイン思考では、キャンパスを用意し、コンピュータから離れ、システムを一度マッピングします。あらゆる関係性を可視化するために、全ての要素を列挙していく。こうした方法で、ノンリニアな思考を教えています。

リニアな思考は、ストーリーを伝えたり、誰かにビジョンを紹介する時には使用できます。たとえば、この次に何が起こって、どうなるのか、ということを伝える目的には役に立ちます。

イノベーションについて考えるチームは、2つのアプローチの違いを理解し、いつ、どちらを使うのか、知らなければなりません。対象について、ノンリニアに、ビジュアルに考えることで、全てを俯瞰できるため、システム思考の筋肉を鍛えられると思っています。また可視化することにより、関係や類似性についても考えられる。こうすることで、どこから着手して、何をすべきか、という優先順位がつけられるようになる。顧客や内部チームとシステム思考を使う時はこうした手法を用います。

佐宗:「ignite」チームはどのような採用手法をとっていますか。デザイナーをとるのか、デザインシンカーをとるのか。日本はアメリカほどデザインシンカーがいませんが、どのように人材を補充すればいいでしょうか。

マリオ:我々はチームに多様性を求めています。そのため、メンバーには、デザイン戦略やイノベーション戦略などのリサーチ出身の人もいれば、プロダクトのデザイナーもいる。デザイン中心のコンサルティングファーム出身者、人間中心のマネジメントコンサルティングファームからきた人もいて、とても面白いチームになっています。

イノベーションをドライブし、そのアプローチを理解するために人材は不可欠です。日本のマーケットは確実に人材不足状態にあると思います。人材についての解決策のひとつは「教育」でしょう。もうひとつは「日本のテクノロジー・シーンやスタートアップ・シーンです。これらの業界が成長すれば、デザイナーがさらに必要となります。

アメリカでは、公教育以外に、プロダクトマネジメントやデザインを教えるところが増えています。多くの人が興味を持ち、キャリアを変えたいと思っている人はそこで学び、その後、デザインシンカーとして業界に入るという場を与えられています。これは、そうした人材を必要とするテックスタートアップが増えたことが背景にあります。日本にも、そういうことが起きると思います。

佐宗:フォーブスの読者には経営陣が多いですが、イノベーションを起こしたいと思っている人たちにメッセージをお願いします。

マリオ:この1世紀でデザインがたどった進化を見ると、デザインはよりよいプロダクトデザインを生むためだけでなく、経営戦略のリソースとして使え、文化や組織、そして変化にインパクトを与えられるということがわかります。経営陣も、そうした目でデザインを見ることで、企業の成長が生まれることがわかると思います。

デジタル化が世界中のビジネスを破壊していますが、そうした見方をすることが破壊から防いでくれると思います。「デジタル化に素早く対処し、成長を維持できるか」と考えるには、顧客価値を人間中心なアプローチで考えることが重要になります。技術主導、技術中心で考えることは、よりリスクが伴うと考えています。なぜなら、いかに人々が実際に欲して使うサービスをつくれるか、が大きな力になるからです。

佐宗:最後に、マリオさん個人のビジョン、チャレンジを教えていただけますか。

マリオ:僕の個人的な挑戦は「デザインがどう変化を生み、ソーシャルな面についてもっと考えること」です。大きな組織内でデザイン思考のリテラシーをあげられるか。スタンフォード大d.schoolでも教えたことがありますが、同スクールは、デザインのバックグランドの生徒ではありません。それでも、デザイン思考を複雑な問題解決へと用いるというビジョンを共有する彼らと、一緒に仕事をするのは、とても面白かったです。

私のビジョンは、イノベーションチームだけではなく、組織全体としてデザイン主導のマインドセットやアプローチを用いて、組織全員が顧客やユーザーについて考える。そうすれば、組織はもっとアジャイルに、人間中心になります。

今後テクノロジーは、AI(人工知能)に代表されるように、より複雑に、そして透明になります。我々はその”使い方”についてよく考えなければなりません。誰のために、何を解決しようとしているのか、どうすればテクノロジーがそれをサポートできるのか──。それを顧客と考えることも私のビジョンですね。