スペイン・カセレスのマルトラビエソ洞窟に残された先史時代の手形壁画(2017年2月24日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

写真拡大

【AFP=時事】スペイン西部にある洞窟の中は暗く、そして驚くほど暖かい。洞窟の奥には、先史時代の過去と現代との最も密接なつながりを示すものが隠されている。数万年前に描かれた手形だ。

 スペイン人考古学者のイポリト・コジャド(Hipolito Collado)氏と調査チームは、スペインの都市カセレス(Caceres)にあるこのマルトラビエソ洞窟(Maltravieso Cave)にはもう1年近く入っていない。洞窟の壁面を飾る57の色あせた手形に損傷を与えないようにするためだ。これらは、まだほとんど何も明らかにされていない遠い昔の歴史の断片を今に伝える貴重な遺物だ。

 現生人類の祖先または遠縁の人類種が、洞窟内で手を描いた理由は何だろうか。単に自分の跡を残したかっただけなのか、それとも精霊と交信するための儀式の一部だったのだろうか。

 約1万年前に終わった旧石器時代における女性の役割について何かを説明しているのか。そして、一部の指が欠けているのはなぜなのか。

■手の届かない芸術を届くものに

 カセレスがあるエストレマドゥーラ(Extremadura)州の州政府の考古学調査チームを率いるコジャド氏は、これらの謎のいくつかを解明することを目指して、欧州に存在する先史時代の手形壁画すべてのカタログ化に着手した。

 調査チームは、欧州にある洞窟で採集した手形のスキャン画像や高解像度写真を、フリーで利用できるオンラインデータベースに詳細な3D形式で登録している。この活動は、欧州連合(EU)が資金を拠出するプロジェクト「ハンドパス(Handpas)」の一環として実施されている。

 プロジェクトの構想は、世界中の研究者がそれぞれの洞窟を訪れたり、保存のために閉鎖されている洞窟への立ち入り許可を得たりする必要なしに、欧州にある手形壁画のすべてを1か所で分析できるようにすることだ。これにより、画期的な成果が生み出されることが期待されている。

「プロジェクトの目的は、手の届かない芸術作品に手が届くようにすることだ」と話すコジャド氏は、曲がりくねった窮屈なマルトラビエソ洞窟を最後に訪れて以来、二酸化炭素(CO2)濃度、気温、湿度などの変化を常にセンサーでチェックしている。

 かつてはカセレスの貧困地区だった場所に立ち並ぶ高層ビルに囲まれたマルトラビエソ洞窟は、1951年に採石場で発見されたが、数十年間放置されたままになっていた。その間、肝試しや怖いもの見たさなどの人々が無断で洞窟に出入りしていたが、1980年代半ばに当局が侵入を禁止する鍛鉄製の門扉を設置した。

■「ここに参上」落書きか

 国際岩面画研究組織連盟(International Federation of Rock Art Organizations)の理事長を兼任するコジャド氏によると、手形壁画は欧州にある36の洞窟で発見されており、洞窟はすべてフランス、スペイン、イタリアのいずれかの国に位置しているという。

 欧州以外では、手形は南米大陸、オーストラリア、インドネシアなどでも発見されている。インドネシア・スラウェシ(Sulawesi)島の洞窟にある手形壁画は4万年前に描かれたもので、世界最古級であることが最近の研究で明らかになっている。

 4万年前の時代は、アフリカ大陸で出現した最初の現生人類ホモ・サピエンス(Homo sapiens)が欧州に到達し、アジアの一部に住んでいた頃にあたる。

 手形が何を意味するかをめぐってはさまざまな説があるが、文字で記された記録が存在しないため、大半は臆測の域を出ていない。

 研究者らは、手形が男性のものか女性のものかや、一部に手の指が欠けているものがあるのはなぜかなどを明らかにしようとしてきた。

 これは儀式の一つだったのか。指は凍えるほど寒い天候の中で失ったのか。あるいは、より広く考えられているように、手形はある種のサイン言語を表現している手で、描いた際に一部の指を折り曲げていただけなのだろうか。

 もし、ある地域の手形がすべて女性によって描かれたものだと、科学者らが確定できたらどうなるだろうか。

 コジャド氏の共同研究者のホセ・ラモン・ベージョ・ロドリゴ(Jose Ramon Bello Rodrigo)氏は「それは母権社会を意味するのかもしれない」と指摘した。

 では、現生人類ホモ・サピエンスが、あるいはそれ以前の旧人類ネアンデルタール(Neanderthal)人の可能性もあるが、単に洞窟内をうろついて、古代版「ここに参上」の落書きとして面白半分に自分自身の手の跡を残しただけなのだろうか。

 英ダラム大学(Durham University)のポール・ペティット(Paul Pettitt)教授(旧石器時代考古学)は、そうではないと考えている。

 ペティット教授は研究で、人々がどこに手形を残したかに注目し、一部のケースでは、手形の指がまるで岩壁のこぶを「しっかりつかんで」いるかのように、こぶの上に意図的に配置されているとみられることを発見した。

 また、多くの手形は洞窟のより奥まった場所にある。

「暗闇で何度も壁をよじ登るのは、非常に怖かったにちがいないし、極めて骨の折れる作業だったにちがいない」と、ペティット教授は指摘した。「面白半分にすることではない」

■シャーマニズムか警告か

 開いた手の周囲に顔料を吹きつけて作製した型抜きによる手形であれ、岩肌に塗りつけた実際の手形であれ、人々がそこまでして壁に手を描いた理由は何だと考えられるか。

 フランス人先史学者のジャン・クロッテ(Jean Clottes)氏は、精霊と交信するシャーマニズムの一種だった可能性があるとみている。

「いわゆる神聖な塗料を岩の表面に塗ることは、それを行う人物と岩面とのつながり、ひいては岩面の中に宿る力とのつながりを導くことである可能性が高い」と、クロッテ氏は説明している。

 また、コジャド氏は、自分が目にした手形のいくつかを警告と解釈している。

「(スペイン北部の)ラ・ガルマ洞窟(La Garma Cave)には、死に至る危険性のある大きな縦穴のすぐ横に、複数の手によるパネル画がある」と話し、「これは間違いなく『行くな』と伝えるためにそうしたものだ」と指摘した。

 現在、イタリアにある洞窟2か所の手形の記録作業が開始されている。
【翻訳編集】AFPBB News