『コードネーム・ヴェリティ (創元推理文庫)』エリザベス・ウェイン 東京創元社

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 このレビューをあなたがいつ読まれるのかはわからない。しかしもし、それがまだ連休のさなかで、明日の学校や仕事を気にせず本が読める余裕があるときだったら、本稿に最後まで目を通して少しでも琴線に触れるところがあるようだったら、ぜひこの本を買って、そして今すぐ読んでいただきたい。
 エリザベス・ウェイン『コードネーム・ヴェリティ』は、2017年に絶対読むべきミステリーの1冊だからだ。

 本書は二部構成になっている。第一部は、一人の女性が綴る手記である。

「わたしは臆病者だ」という述懐から始まるその手記において、書き手は執拗に自分の名前を記そうとしない。すぐに推測可能なのは、書き手がいる場所は1943年11月のフランスであること、彼女がナチス・ドイツに囚われた戦争捕虜であること、親衛隊大尉のフォン・リンデンという人物との取引によって二週間の猶予をもらい、その手記をしたためていること、などの事柄だ。

 彼女は書く。「どうしてわたしがここにいるのかという話は、マディから始まる」と。ナチスに捕まったとき、彼女は自分の身分証ではなく、マディの国家登録証と飛行免許証を持っていたのだ。マディの正確な名前は、マーガレット・プロダットという。書き手いわく、プロダットはロシア系の苗字だが、それは彼女の祖父がロシア出身だからで、マディ本人はストックポートの出身であると。こうして手記の主は、イングランド北西部の都市に生まれ、十六歳の誕生日に祖父からバイクをもらい、やがて飛行機の操縦に魅せられることになる少女の身上を語り始める。自分ではなく、マディの物語を。

 手記の作者を待ち受けているのが過酷な運命であることは明白だ。彼女の身体に生々しく残された拷問の痕と監禁されている建物の庭に置かれた処刑用のギロチンが、一片の望みもないと宣告しているからである。だが、時に暴力によって人としての尊厳を脅かされつつも、彼女はそれに言葉で反撃していく。それがどんなに絶望的な試みであっても。

 手記に書かれていくのは、誰にも侵すことができないほどに美しく、冬の夜空に手を差し伸べたときのように清々しい青春の思い出だ。手記の書き手とマディは、祖国が戦争に突き進んでいったある日に出会い、友情を育んでいった。その記憶が手記には書き連ねられていく。だが、それはいったい何を意味しているのか。謎めいた手記はあるところで唐突に終了する。そして始まる第二部の冒頭で、誰もが驚きの声を上げたくなるはずだ。まったく違う視点の導入により、それまでは意味がわからなったことが次々に明確な輪郭を持った事実へと変換されていく。第一部で手記の書き手がとった行動、彼女の記した文章表現の小さな綾までがすべて再生され、読者の脳裏に複雑な図柄となって刻み付けられるだろう。謎を提示し、解き明かすというプロセスがどれほど大きなものを生み出せるかということを、エリザベス・ウェインはこの作品によって示してくれたのだ。

 魂の高潔さについての小説でもある。ここに描かれるのは、どのような状況であろうと、自身を気高く保ち、その信念を貫こうとした人々の物語だ。若い女性がナチス・ドイツの捕虜になるということの残酷さは改めて説明するまでもないだろう。絶対的な暴力によって人の心を凌辱しようとする者の恐ろしさを本書によって再認識させられた。

 第一部で手記の主とマディが「こわいものの教えっこ」をする場面がある。世の中にはいくつものこわいことがある。高所恐怖症の人にとっては高い場所、若い女性にとっては年をとることもそうだろう。戦時下であれば、大切な人の頭上に爆弾が落ちることは現実的な恐怖である。その話題について夢中になっている二人は、もちろんそのこわいことに自分が立ち向かえるほど強いとは思っていないのだ。しかし時代が彼女たちをその中へと徐々に巻き込んでいく。恐怖の対象も、より現実的で、生々しいものへと変化していくのだ。戦争こそは最も醜悪で、危険な怪物である。

 すべての弱い者への共感と、彼らを脅かすものが現実にこの世にあることを哀しむ気持ちがこの小説にはこめられている。本書は2012年に出版され、アメリカ探偵作家クラブが授与するエドガー賞のヤングアダルト小説部門の最優秀作品となった。そうした意味では、これからさまざまなことを体験するであろう十代の方には絶対のお薦め作品だ。そしてもちろん、若者たちに未来を提供する責任がある上の世代にも、ぜひ手に取ってもらいたいのである。

(杉江松恋)