潜在意識のマネジメント[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

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心理学の世界に、「サブリミナル効果」という言葉がある。

例えば、映画館において上映される映像に、観客の表層意識では気がつかない閾値下(サブリミナル)のレベルで、ほんの一瞬、しかし、繰り返し、「コークを飲め」「ポップコーンを食べろ」という文字を挿入しておくと、映画を見終わった後、多くの観客が、無意識に、コークを飲み、ポップコーンを食べたくなるといった心理効果のことである。

このサブリミナル効果を利用した広告や宣伝の影響力と危険性を論じたのが、ウィルソン・ブライアン・キイの『潜在意識の誘惑』や『メディア・セックス』などの著書であるが、この手法が、実際の広告や宣伝において、どれほど具体的な効果を発揮するかについては、疑問や批判も含め、様々な議論がなされている。

しかし、映像や画像、音声や音響、記号や文字を通じ、人々の潜在意識に特定のイメージを刷り込むことによって、人々の気がつかぬうちに、その心理的な反応や行動をコントロールできることは、いまや、広く認められるところとなっている。

幸い、テレビや映画などのメディアにおいては、このサブリミナル効果を、広告や宣伝などの商業目的で意図的に利用することは禁じられているが、問題は、そうした意図的なものでなくとも、日々、メディアから溢れ出すイメージの洪水が、このサブリミナル効果によって、我々の潜在意識に、否定的な心理を刷り込んでしまうことである。

例えば、テレビを通じて、毎日、暴力や破壊、悲惨や悲劇、事故や病気などの否定的なイメージ情報が、大量に、そして、一方的に、我々の潜在意識に刷り込まれているが、このことが引き起こす心身医学的問題や社会心理学的問題は、決して無視できないであろう。

これは、明らかに「心の環境問題」と呼ぶべきものであるが、この環境問題の深刻さは、気がつかないうちに、我々の潜在意識に否定的なイメージが刷り込まれ、それが自覚されないまま、我々の心理と行動に悪しき影響を与えてしまうことである。

もし、これが、通常の環境問題であれば、環境中の汚染物質の濃度を測定し、適切な除染を行うことによって、それが体内に入るのを防ぐことができる。しかし、この「心の環境問題」は、自分の潜在意識が、どのように汚染されているかを知る明確な方法もなければ、その汚染を除去する有効な方法もない。

週末、海や山などの自然に触れることや、静かな場所で瞑想をすることを習慣とする人々は、意識的にも、無意識的にも、この「心の環境問題」への懸念を抱き、自身の心の深層を浄化する「潜在意識のマネジメント」を行っているのであろう。

しかし、我々の潜在意識への否定的な影響という問題は、視野を拡げて見れば、テレビや映画などのメディアを通じてだけ起こっているわけではない。

日々の職場の中で、何気なく耳に入ってくる上司の愚痴や不満。ふと目に入ってくる上司の暗い表情や投げやりな仕草。それもまた、実は、ある種のサブリミナル効果によって、部下の潜在意識に、否定的なイメージを刷り込んでしまっている。

残念なことに、この上司は、悪意はないが、自分の愚痴や不満、表情や仕草が、部下のモチベーションを下げ、さらには、部下の能力の開花さえ妨げてしまうことの怖さに、気がついていない。

しかし、この「心の環境問題」には、大きな救いがある。通常の環境問題であれば、汚染というマイナスの影響が起こるか否かが問題になるが、「心の環境問題」においては、マイナスの影響だけでなく、プラスの影響も起こる。

職場の上司の明るい笑顔や生き生きとした表情が、そして、自然に口から出る部下に対する感謝の言葉やねぎらいの言葉が、部下の表層意識はもとより、その潜在意識も、良きものに変えていく。

そして、これは、決して小さなことではない。なぜなら、21世紀の高度知識社会におけるマネジメントは、部下の中に眠っている創造性を引き出し、その隠れた能力を開花させるための「潜在意識のマネジメント」に向かっていくからである。

しかし、部下に対して潜在意識のマネジメントを行うためには、まず、何よりも、我々、経営者やマネジャーに問われることがある。

自分の潜在意識のマネジメントができているか。そのことが、深く問われる。

田坂広志の連載「深き思索、静かな気づき」
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