試合前や練習前に、中尾公一トレーナーによる右手首のテーピングは、錦織圭にとって欠かせないものだ  錦織圭(ATPランキング7位、4月24日付け)は、4月24日に開幕したATPバルセロナ大会からヨーロッパのクレーシーズンをスタートさせる予定だった。しかし、マスターズ1000(以下MS)マイアミ大会で発症した右手首痛が再発したため、現地入りしながらも大会出場を見送り、こう語った。

「バルセロナオープンを欠場しなければならなくなり、本当に残念です。バルセロナは自分のお気に入りの大会であり、ここ3年間、とくにいい思い出があります。不幸なことに自分の手首は今週プレーするに十分なほど回復しませんでした。チームとともに、できるだけ早くツアーに戻れるよう努力するつもりです」

 錦織は昨年、バルセロナ大会で準優勝、MSマドリード大会とMSローマ大会ではともにベスト4に進出と、クレーシーズンに好成績を収めた。結果、今回ランキングポイントのディフェンドが多く、バルセロナの300点、マドリードとローマを併せた720点、合計1020点を守らなければ、ランキングをキープできないのだが、いきなりつまずく形となった。


 手首の痛みというと、昨シーズンにラファエル・ナダルが左手首の痛みに悩まされたことが思い出される。マドリードやローマでは、痛みがあったりなかったりする中でだましだましプレーを続けたが、一番大事なローランギャロス(全仏オープン)では3回戦で棄権を余儀なくされた。

 その後一旦復帰したが、リオ五輪でも、痛みに悩まされながらのプレーとなり、ナダル自身が納得するプレーができず、10月上旬にツアーを終えて休養に入った。

 まず第一に、錦織が痛めているのはテニスでは最も重要な利き手の右手首だけに、慎重なおかつ最善な形で今後の決断を下すべきだ。錦織はケガのことを指摘されると表情が曇るが、10年に及ぶ歴戦の勲章ともいえるもので、何ら恥じることはない。最悪、MS2大会を欠場してでもしっかり治すべきで、ローランギャロスにいい状態でプレーできるように、コーチやトレーナーと一緒にしっかり対処すべきだろう。

 元デビスカップ日本代表監督で、日本テニス協会専務理事の福井烈氏は次のように指摘する。

「まず錦織のプロ10年の成長を評価しなければいけない。そして、ツアーで故障しているのは錦織だけではありません。今傷めているところが全部治るとは考えにくいですが、あまりネガティブにとらえるのではなくて、やはり休みも取りながら、ケガと故障とうまく付き合っていかなければいけません」

27歳になり、プロ10年目に突入した錦織に対して、接戦に強いイメージを持っている人も多いだろう。キャリアにおけるファイナルセットの勝率(4月24日時点)は、依然として錦織が歴代トップだ。1位の錦織が105勝32敗で76.6%。2位のノバク・ジョコビッチが155勝52敗で74.9%、3位のビヨン・ボルグが119 勝41 敗で74.4 %と続く。


 プレッシャーのかかる中では、心身とも強くなければ、勝ち切ることは難しいので、これは錦織の誇るべきレコードだ。基本的には記録に無頓着な錦織だが、この記録だけはトップを保持していることを喜んでいた。ただし、1位と2位の差は、昨年には4%あったので少し縮まっている。

 今季の錦織のファイナルセット勝率は6勝3敗で66.7%だ。現在の錦織にとって、このデータは両刃の剣でもある。

 試合が長引くのは得策とは思えないからだ。マイアミでは、右手首だけでなく左ひざにも故障を抱えていた。さらに、ここ半年で頻発したフィジカルの問題を踏まえると、なるべくストレートで勝負を決め、体への負担を軽くしたい。あくまで理想だが、ファイナルセットで勝負を決めるのは、なるべくロジャー・フェデラー(4位)やナダル(5位)といった強敵と対戦するときだけに留めたいところだ。

 また、これからケガや故障と付き合いながら戦う錦織にとって、より重要な大会で最大限のパーフォーマンスを発揮できるかどうかが大切になる。つまり、いかにしてグランドスラムへピークをもっていくかだ。

「これからグランドスラムにピークを持っていくことがもっと大切になります。20代後半になってフィジカルも考えないといけないですから、一番重要な大会へのピーキングは、これから3年、今まで以上に大切になる。トップ選手はそれができれば、優勝できるのではないでしょうか。もちろん簡単なことではありませんが」(福井氏)

 まずは今年、グランドスラム第2戦であるローランギャロス(パリ、5月28日〜6月11日)で、錦織が最大限の力を発揮できるかどうかだ。


 グランドスラム初制覇の期待がかかった2年前はジョーウィルフリード・ツォンガに、5セットの戦いの末準々決勝で、昨年はリシャール・ガスケに4セットで4回戦で、いずれも勝利への執念を見せた地元フランス選手に敗れた。

 昨年の錦織はマドリードとローマで好成績を挙げた分、一番力を発揮すべきローランギャロスでは、いささか心身ともにエネルギーが不足していたように見えた。

 2005年以降、ナダルが9回も優勝しているため忘れられがちだが、本来ローランギャロスは、球足の遅いレッドクレーの特性もあって、番狂わせが一番多い大会だ。

 それに加えて、今季はアンディ・マリー(1位)とジョコビッチ(2位)が、ひじのケガの影響もあってここまで本調子ではない。また、ニック・キリオス(16 位)やアレクサンダー・ズベレフ(21位)といった”Next Gen”と呼ばれる若手選手が急成長して結果を残し始め、現在のツアー勢力図は混沌としている。このカオスの中を錦織が切り抜け、ビッグタイトルをつかむことができるだろうか。

「今まで以上にみんなが並んでいるというか、今年のグランドスラムやマスターズは、多くの選手が『心と体が充実していれば、チャンスがある』と感じられるシーズンになるのでは」と福井氏が語るように、今季は本命選手だけでなく、思わぬ伏兵が勝ち上がってくる可能性は十分に想定される。

 だからこそ、その千載一遇のチャンスをつかむためにも錦織の再始動は万全でなければならない。クレーシーズンはもちろん、今季のテニスの行く末を左右するような、錦織にとって非常に重要な戦いが待ち受けている。

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