デザイン主導で「イノベーション支援」する方法

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世界的企業は今、なぜ「デザイン×経営」なのか──。「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」の著者でbiotopeのCEO、佐宗邦威氏が、協働や共創にデザインを活用している先進企業への取材し、その事例を紹介していくこの連載

今回のインタビュー相手は、セールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)のマリオ・ルイーズ氏。2014年2月に世界で開始した顧客向けのイノベーション支援プログラム、「Ignite」のグローバルトレーナーである氏に、同社が顧客の経営課題に共に取り組み変革を生み出す手法について聞いた。

佐宗:マリオさんはデザイナーとしてキャリアを積み、自分自身でもデザイン事務所を運営されていました。その後現在は、大企業でマネジメントに近い立場で仕事をされています。この取材では、あなたがデザインの可能性についてどのようなビジョンを抱き、マネジメントとデザインを融合させる上でどのような挑戦をしているかをお伺いしたいと思います。

まずは、マリオさんが所属されている「ignite」プログラムについてお聞きしたく思います。どのような経緯ではじまったのでしょうか。

マリオ:「ignite」は弊社の”顧客向けのイノベーションチーム”として、顧客のためのデジタル・トランスフォーメーションのビジョン作りを支援しています。

セールスフォースは、ビジネスを行う上で、顧客とより戦略的な議論を交わす必要があり、「ignite」は顧客との接し方を変える方法でした。「どうすれば顧客とともに考え、より戦略的に顧客の価値をつくり出せるか」という観点からはじまりました。

これまで3年間行ってきましたが、小さくはじめ、現在のサイズまで成長してきました。現在のアプローチでは、タンジブル(実体がある)なアウトプットを提供しています。「プロトタイプをつくり、実際の体験を通じて、戦略を作っていく方法」がこのプログラムの価値となっています。

佐宗:プログラム自体の成長にとって、鍵となる出来事は何だったのでしょうか。

マリオ:ひとつは、我々が「価値」を提供することにフォーカスしていたということです。それは”技術中心”ではなく、”人間中心”のアプローチをとること。現在のビジネスはとても複雑化していますが、人間中心のアプローチをとることで複雑さを軽減させることができます。だからこそ、多くの理解や協力、協働につながることができる。これが我々のコアバリューだと思います。米国内の顧客に対するインパクトを見ながら、グローバルに展開していきました。

佐宗:そうしたプロセスには、これまでのキャリアが影響しているのでしょか。

マリオ:セールスフォースの前は、ヒューレット・パッカード(HP)で働いていました。HPでは、組織内のデザインUI(ユーザー・インターフェイス)戦略をたてていました。キャリアの最初は、デジタル体験にフォーカスしており、その後モバイルアプリケーションのデザインに移り、モバイル体験へとシフトしている企業に対してのコンサルティングを行うようになりました。

セールスフォース入社後は、まずモバイル向けのプロダクトデザインから入り、「ignite」チームに参加しました。そのため、私のバックグラウンドは、「戦略立案」と「ハンズオンで作ること」のミックスでした。これはまさに同プログラムが行っていることです。

「ignite」では、戦略を考えると同時に、素早くプロトタイプを作り、そして顧客が手を動かす自信を養っていく。我々は現在、クリエイティブかつ共創的に仕事をするため、顧客にデザイン思考のマインドセットを教えています。

佐宗:私はこれまで複数の企業と携わり、協業をし、素早くプロトタイプを作って、失敗する──という文化を導入してきました。しかし、理解を得るのはとても大変でした。特に、これまで体験したことがない人たちにとって、慣れ親しんだプロセスとは全く別物です。マリオさんはどのように行っているのでしょうか。

マリオ:私が社内チームや顧客と働くときには、最初にマインドセットから触れています。それが「ignite」が考える、仕事の仕方にとって必要なものだからです。それが本来的なヒトの仕事の仕方とも言えるため、とても参考になるようです。ですので、プロトタイピングや実験に関するマインドセットを共有するのはとても大切だと思います。

何かを作って、そこから学ぶ──。これらは結局、「学びのマインドセット」につながります。プロトタイプを作るにしても、必ずそこには「何を知りたくて作るのか」という鍵となる”問い”があります。これはまさに、グロース(成長)・マインドセットです。

この反対にあるのが、フィックスド・マインドセット。正解か、不正解か、または失敗することを不安に思うことです。前者を持っていれば、チームは学ぶためにプロトタイピングや実験などを行い、そこから学んで成長しようという環境が生まれます。

佐宗:この文脈でグロース・マインドセットが出るとは面白いですね。「学びの文化vsダウンローディングの文化」「フィックスド・マインドセットvsグロース・マインドセット」というのは、個人としても本当に大きな変化です。組織となればなおさらでしょう。グロース・マインドセットを理解してもらうためには、どのような体験が必要でしょうか。

マリオ:まずはプロトタイプ作りを体感してもらうことだと思います。一度、抽象化したモノを実際に作ってみる、という経験は”筋肉”になります。プロトタイピングをすればするほど、自信に繋がる。何のためのプロトタイプか、何を学びたいのかを考え、プロトタイピングに長けてきたら、あらゆる角度からクリティカル・シンキングができるようになります。こうしてマインドセットが変わっていきます。



佐宗:同プログラムではあらゆる企業、そして日本の企業とも仕事をされていますね。日米両者で文化の違いや反応の違いはありますか。

マリオ:日米の顧客の最も大きな違いは、行動を起こすきっかけ、イノベーションを継続する土壌という2点が大きいのではないかと思います。

行動のきっかけとは、「自信を持って質問をできるかどうか」ですね。アメリカでは、「なぜ?」と聞いたり、クリティカルに考えたり、曖昧さを抱えた体験をすることが、教育システム上許されるようにトレーニングを受けています。一方、日本では質問はあるのだろうけれど、グループという環境では出てこない。

これはグロース・マインドセットに起因すると思います。質問をして間違えた方が、間違った質問をしているかと考えたり、何も知らないのかもと考えたりするより良い。

また、アメリカは成熟したスタートアップ文化があり、生き抜くためにアジャイルになるテック企業が数多く存在します。こうした動きがビジネスや業界を破壊している。日本でも、スタートアップ文化が成熟すれば、大企業は危機感をもって次の段階へと進むでしょう。

佐宗:ここからは「ignite」プログラムの内容、主にデザイン思考のプロセスについて聞いていきたいと思います。Amazon Thank Youプログラムのリンクを拝見しましたが、そこでは、DISCOVER/DARE/DOという三段階のプロセスが紹介されていました。

マリオ:実はDISCOVERの前にもう1ステップあります。そこで「問題と仮説」を定義します。プロジェクトに参加するメンバーを決めたり、組織の鍵となる部分をまとめたり、プロジェクトの目的を決めます。プロジェクトでは様々なリソースを使うことになるため、「なぜ、やっているのか」を理解してもらうことはとても大切です。

「なぜ、このビジネスを返る必要があるのか」「なぜ、新たなビジネスを立ち上げる必要があるのか」「なぜ、顧客とより良い関係を構築する必要があるのか」──。

その後DISCOVERフェーズでは、問題をできるだけ”スマート”に噛み砕き、ヒューマンファクター、ビジネスファクター、テクノロジーファクターという観点でみていきます。

1)ユーザーは誰で、2 何を理解しデザインする必要があり、3)ステークホルダーは何を考えていて、4)リーダーはこの機会をどうみていて、5)最もビジネスインパクトを与えられるのはどこか──。これらを考えることで、鍵となるビジネス・レバーが特定されていき、マネジメント側と共鳴するようになります。

我々は、できるだけ多くのことを顧客とユーザーから学び、時には顧客の顧客へもアクセスし、そこで得た全てのインサイトを用いて、顧客の本当の解決すべき問題を再定義します。重要なのは、これらを顧客とともに行う事で、こうした点をインプットすることで、問題解決した後の、未来のビジョンについて考えられるようになります。

DISCOVERフェーズでは、どうすれば上記5つ全てを満たす未来をつくれるかを考えます。これは我々のデザインするワークショップを通して行われ、ジャーニーマッピングやプロトタイピングなどのアクティビティを行います。こうしたワークショップは時に丸一日かかりますが、デザイン思考のアクティビティを行い、問題だけでなく、その解決方法も考えます。

次のDAREフェーズでは、顧客や組織にとって「どうあるべきか」。理解から「アイデアの抽象化」へという観点でみていきます。そしてDOフェーズでコンセプトをより細かいデザインへと落とし込み、テクノロジーでカタチにします。

我々のプラットフォームでプロトタイプをつくり、ユーザーが触れる体験をつくり、必要なフィードバックをもらう。そして営業や顧客サポートチームをはじめ、組織全体がどのように動くのかを見る──。これらを通して、企業のビジョンをつくり、組織の転換や未来の戦略へとつなげていく。また、そのビジョンが影響するビジネス分野を特定し、ビジネス価値もつくり出していく。

DOフェーズでは、ビジネスバリューや投資すべき理由、ビジネスでベロップの方法論を顧客へのアウトプットとして提供しています。

佐宗:マリオさんと私は同じイリノイ工科大学のデザインスクール出身です。そこでは標準的なデザイン思考のプロセスを学びました。また、マリオさんはデザインワークを通して自らのプロセスをお持ちだと思います。それらの視点を持つマリオさんから見て、「ignite」のプロセスはどのような特徴があると思いますか。

マリオ:デザインスクールで学んだことは、「システム思考」で見るということです。単独で成立するものは1つもなく、物事はつながっているため、エコシステムの観点からジャーニーマッピングやチームの共同作業を行う。こうしたことは「ignite」にも共通しています。

もう1つの共通点は、「デザイン・プランニング」という考え方です。Doblinという老舗のデザインコンサルティングファームを経営するラリー・キリーに言わせると「霧の中から立方体を切り出す」ということです。不透明でぼやぼやとしたものをブレイクダウンして概念化しビジュアライズすることです。この2点は「ignite」のコアであり、デザインスクールで学んだことが役立っています。

一方、異なる点は、プロトタイピングのアプローチ。そして、イノベーション・プロセスのソーシャルな側面についてです。イノベーションは新しいものをつくるプロセスではなく、ソーシャルなプロセスであること──これはデジタル・トランスフォーメーションを追い求める企業にとってはとても重要なことです。