(c)Rook Films Freefire Ltd/The British Film Institute/Channel Four Television Corporation 2016/Photo:Kerry Brown

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 今イギリスで最も注目を集める監督を5人挙げるとすれば、そのリストに彼が闖入してくることは避けられない。

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 72年生まれの異才、ベン・ウィートリー監督がすごいのは、2011年に発表した『キル・リスト』を皮切りに「サスペンスとホラーを挽肉状にして得体の知れないジャンルに仕立て焼きあげました」的な唯一無二の作風で我が道を突っ走っていること。もっと言うと、エキセントリック。ビザール。脚本と編集で支える妻エイミー・ジャンプと共に、他人には真似できない確固たる作家性を築き上げてきた。

 『サイトシアーズ〜殺人者のための英国観光ガイド〜』では国内外の様々な賞に輝き、さらにウィートリーがJ・G・バラード原作のSF小説の金字塔『ハイ・ライズ』を映画化することがアナウンスされた時には、誰もが「ついに彼の時代が来た!」と感じたことだろう。もっともこの小説自体、彼のような者でないと調理不能なところがあるので、異色作に異才を掛け合わせた映画『ハイ・ライズ』はその相性ピッタリに素晴らしきカオスな近未来を垣間見せてくれた。

 『ハイ・ライズ』は、ほぼ高層マンションの内部だけを舞台に、高層階と低層階が二極化して壮絶な抗争を繰り広げていくダークコメディだ。これを地上から伸びゆく「垂直型密室劇」と見なすならば、今回の『フリー・ファイヤー』はだだっ広い倉庫のみを駆使して十数人のキャラクターたちが入り乱れてバトルロワイヤルを繰り広げる、いわば「平面型密室劇」。タランティーノの『レザボア・ドッグス』を意識させつつも、むしろサム・ペキンパーのアクション&バイオレンスをそのまま倉庫内に置き換え、神の恵みのごとき銃弾の雨を降らせてみせる。過度な暴走ぶりで観る者を置きざりにするところもあった『ハイ・ライズ』に比べると、明らかにエンタメ寄り。ノリよく豪快に放たれた一発。何よりもウィートリーの名の下に集いし豪華キャストが、誰一人余すところなく輝いている。そこがまた良い。

 舞台は1978年のアメリカ・ボストン。もうこの設定からしてウィートリーのブッ込み感は半端なく、密室劇、英国映画、英国人監督、出演者の多くも英国俳優という状況の中でシレッと「ボストン」とやってのけるところに腹の据わり方がうかがえる。ちなみに撮影地は英国のブライトン。

 この地にある倉庫で夜な夜な武器売買が行われる。現ナマを入れたアタッシュケースを抱えて急ぐのはアイルランドからやってきた武装組織の面々。あまり深く言及されないが、時代的に見ておそらくIRAのメンバーか何かだ。買う側と売る側。どちらも相手に出し抜かれないように意識を集中させながら手順をたどる。銃器の性能も申し分ない。金もちゃんとある。よし、交渉成立。かと思いきや、両陣営の末端どうしの小競り合いが勃発。これを引き金として、そこにいた全員がいきなり緊張状態へと突入。ドブ板にはまってみたいに動けなくなり、それぞれが出口の全く見えない死闘へと身を投じることとなる。

 主軸として登場するのは、まさにアイルランド生まれで、『麦の穂をゆらす風』(06)でも知られるキリアン・マーフィー。ウィートリー監督は彼と「何か一緒にやろう」と互いへラブコールをかけあい、それがついに今回の快作へと結実したのだとか。パズルの細部も自ずと決まっていった。ウィートリー作品の常連マイケル・スマイリー、『コントロール』のサム・ライリー、『シング・ストリート 未来へのうた』の兄貴役が印象的だったジャック・レイナー。そこに武器商人役として『第9地区』のシャールト・コプリーが投げ込まれ、さらに仲介枠として『ローン・レンジャー』(ウィートリーはこの映画が大好きらしい)のアーミー・ハマーと『ルーム』でオスカー女優となったブリー・ラーソンという、これ以上のものはない主演級キャストで固めている。きっと誰もがこの時期、階段を上りゆくウィートリーという異才と一発かましておきたいと願ったはず。彼らが意気揚々とこの企画に乗り込んでいった様子が目に浮かぶ。

 また、姿かたちは見えないが、本作を手のひらの上で転がすかのように存在感を示すのが「製作総指揮マーティン・スコセッシ」のクレジットだ。英国出身のウィートリーがボストン(を舞台にした)映画を撮るにあたってはスコセッシほどの助言者は他にいないだろうし、ボストンといえばスコセッシの監督作『ディパーテッド』の舞台もまさにココ。歴史的に見てアイルランドからの移住者が多いことからも、IRAが武器調達にやってくるのは確かにうなづける話だ。かくも単なるギャング同士のドンパチではなく、その時代ならではの社会的状況を盛り込みながら「他ではありえない物語」を構築していく点もウィートリーらしい。

 とはいえ、この何もなさそうな空間で、一体どのように話が展開していくのかも重要な点だ。早々に身体のどこかをちょっとずつ撃たれて身体の自由が効かなくなる彼ら。従来のアクション映画と全く違う独特のテンション。傷口を抱えながらのホフク前進。物陰に隠れてコソコソと画策。しばらく気絶。そして時々、また発砲。といった具合に、皆がほぼスローペースでうごめき続ける。それでもなお次々と新たな仕掛けが投入されるので、本当にこのイマジネーションには底がない。

 ちなみに、銃撃で荒んだ心を癒すのは、フォークソング歌手ジョン・デンバーの名曲群。特に美しいサビのメロディーがグッとくる「Annie's Song」は当時の妻について歌ったものだとか。ただ、デンバーは家庭内暴力などが理由で80年代に妻と離婚。さらにその後、自ら操縦する機体が墜落し彼は97年に帰らぬ人となり……ああ、複雑な気持ちはいっそう増すばかり。作中、アーミー・ハマーが「デンバーの逸話」を口にしようとするが、78年当時、そこで一体何を語ろうとしていたのか気になるところだ。(牛津厚信)