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○極秘プロジェクト「スリングショット」

2003年4月、その日AMDのボード・ルームは緊張に包まれていた。AMDの戦略を決定する最高意思決定機関であるこの会議の議長はCEOのヘクター・ルイズ、社内外から招集された8人のボードメンバーはある大きな議題について議論していた。私はもちろん参加していないので知らないが、後にヘクター自身が出版したその名もずばり「スリングショット」という本に書かれている内容から読み取る限りその時の背景・状況は次のようなことであったらしい。

・AMDはK6、K7、そして真に革新的なK8コアの矢継ぎ早の製品投入で市場シェアを着実に伸ばし、インテルのシェアをどんどん侵食していった(この状況は前回の章で書いた通りである)。
・業を煮やしたインテルはAMDおよびその顧客に対し強烈なプレッシャーをかけた。この過程にあって通常のプレッシャー以上の独禁法違反と思われる禁じ手に出た。
・AMDはその行為によって損害を受けたとし、損害賠償を請求する民事訴訟を起こす。この訴訟の真の目的はインテルの独占的地位の濫用をストップすることである。

実は、ヘクターはこの重要なボード・ミーティングの前の晩、腹心の法務担当上席副社長のトム・マッコイとパロアルトにある有名レストラン・シャンテリーで2人だけの夕食をとっていた。シャンテリーはシリコンバレーの名士たちが集まる高級レストランである。私もAMD勤務時代何度か行ったことがあるが、たまたま行った時にあるシリコンバレーの超有名企業のCEOが何気に誰かと楽しそうに夕食をとっているのを見かけたことがある。シリコンバレーでは翌週の新聞の一面を飾るような大きな話が毎晩ひそひそと協議されているが、このようなオープンなレストランでも超有名な人々があっけらかんとディナーを楽しんでいるところが面白い。

その晩のヘクターとトムの話はもちろん次の日の大事なボード・ミーティングにかける議題についてであった。AMDを取り巻く状況はインテルの明らかに違法と思われる妨害行為によって、のっぴきならない状況になっていた。ブッシュ政権下の共和党寄りの米国FTC(日本の公取委にあたる)は相変わらずだんまりを決め込んでいたが、すでに日本の公正取引委員会とヨーロッパの欧州委員会はインテルの独占禁止法違反行為についての正式な調査を始めていて(この件については後述)、インテルを訴える法律的根拠はそろい始めていたし、何よりもAMDはビジネス的にはコーナーに追い詰められ、連打を浴びるボクサーのような状態で、ダウンする前に起死回生の一発を放つしか他に手はなかったのだ。というよりは、反則技を繰り出す悪役レスラーの度を越した反則攻撃によってダメージを受けた3カウント寸前のタイガーマスク、とでも言ったほうがぴったりくるかもしれない。

○プロジェクト命名の由来

この社内極秘プロジェクト「スリングショット」のために各国の法務、マーケティング、営業からごく限られたメンバーが集められた。外部弁護士事務所の人間もいた。日本からは私自身と秘書というごく限られたメンバーである。このプロジェクトの名前もしばらくは一般社員にも秘密になっていた。"スリングショット"とは日本で言うパチンコの事である。駅前にあるパチンコ屋ではない。ちょっと世代の前の人ならば子供の時に一度や二度は使ったことがあるであろう遊び道具である。Y字型の木にゴムバンドを張って小石などを遠くに飛ばすおもちゃである。喧嘩などに使った場合、当たり所によってはケガをすることもある危険な道具でもある。

この極秘プロジェクトの命名の由来は旧約聖書に登場する青年ダビデと巨人戦士ゴリアテの戦いである。ペリシテ軍の圧倒的な強さに果敢に戦いを挑むイスラエルの若き戦士ダビデは、無敵を誇る巨人戦士ゴリアテに対し、正面切っての戦いでは到底勝ち目がない。そこで一計を案じ、ゴリアテの唯一の弱点である額めがけてパチンコで小石を放ち勝利をものにするのである。日本で言えばさながら"弁慶と牛若丸"の構図である。弱小AMDが巨人インテルに挑む姿になぞらえたのである。

○スリングショット・プロジェクト発足

前の晩にじっくり打ち合わせを行ったヘクターとトムは翌朝の極秘ボード・ミーティングに臨んだ。極秘性が高いので、場所はいつものAMD本社の役員会議室ではなく、とあるホテルの会議室を借りた。担当役員からは当初は否定的な意見がでた。

1. シリコンバレー企業の典型として、今まで技術・営業・マーケティングの分野での経験しかないAMDが巨人インテルに対し真っ向勝負の訴訟を起こし、裁判所で徹底的に争って本当に勝ち目があるのか?
2. インテルはその資金の潤沢さに任せて社内にAMDの10倍以上の規模の大掛かりな弁護士チームを抱えている。巨額の訴訟費用をAMDが捻出できるのか? 訴訟が長引いた場合AMDの財務はそれに耐えられるのか?
3. AMD顧客に対するインテルの違法行為を裁判所で証明するためにはおのずと顧客を巻き込むこととなる。AMDの一番の資産である顧客とのリレーションシップに影響はないか?

これらの担当役員の反応はあらかじめ予想されていたものであった。しかし、半日に及ぶ会議の最後には結局全員一致でこの案件を承認することになった。AMDは相手の反則技によるダメージで3カウント寸前であったし、インテルがフェアでない禁じ手を使ったことについて全員が確信していた。しかも、少なくとも日本と欧州の独禁当局はインテルの市場支配について大きな懸念を持っていて正式な調査を始めていたし、そもそもAMDには優れた製品をエンドユーザーに提供して社会に貢献するという大義があった。大胆不敵な起死回生の一発を繰り出す準備が整った。

著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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(吉川明日論)