『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA)

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 長時間の残業など労働に関する問題が改めて浮き彫りになった昨年。厚生労働省の発表によれば、2015年度に仕事によるストレスなどが原因で心の病になったとして労災申請をした数は過去最多になったとのことだが、今年度もその状況は間違いなく変わらないであろう。

 そんななか、手塚治虫などの絵柄をパロディー化した作風で人気の漫画家・田中圭一によるエッセイ漫画『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA)が話題を集めている。この本では、ミュージシャンの大槻ケンヂ、思想家の内田樹、AV監督の代々木忠、小説家の宮内悠介と熊谷達也、脚本家の一色伸幸など、かつて心の病を患い現在ではそれを克服した著名人たちに取材し、病気との向き合い方を聞き出している。

 そんな『うつヌケ』の作者である田中圭一自身、かつてうつを患った経験をもつ。そのきっかけは転職だった(田中はサラリーマン兼業の漫画家である)。ゲーム開発ツールの営業職という畑違いの会社に転職をした彼は、気負いながら頑張って入社早々素晴らしい営業成績を残す。しかし、その勢いは程なくして失速。営業成績も下がり、彼は「自己嫌悪」に苛まれるように。これが病への入口だった。

 医者にかかって薬を処方してもらうが苦しみは晴れない。頭に「もや」がかかったような感覚が続き、活字が頭に入ってこない、記憶が曖昧になる、音楽などにも感動できずあらゆる感情が湧いてこないといった状況にまで陥ってしまうが、それでも身体に鞭を打って肌に合わない仕事を続けていく。

 そんな状況が何年も続いたある日、コンビニの文庫本コーナーで見つけた本に書いてあった言葉が彼を変える。それはとてもシンプルな発想の転換だ。

「ありのままの自分を受け入れ、自分を好きになる」。そのように考え方を変えるため、彼は朝起きた瞬間に自分を褒める言葉を唱えることにした。会議や商談などの嫌なことがある日も、ひとまずそのことは考えないようにし、目覚めたらすぐに自分を肯定する言葉を唱えるのだ。この「アファーメーション(肯定的自己暗示)」を3週間続けただけで彼は気持ちが明るくなっていく。それまで死んでいた感情も徐々に戻ってきて、日々の生活で笑顔になることも少しずつ増えていくのだった。時を同じくして会社を辞めたのも病の克服にはプラスだった。その後も、うつが簡単に治ったわけではなく、急な不安に押しつぶされそうになることもあったというが、病気とうまく付き合っていくやり方を会得できたという。

 内田樹も「頑張り過ぎた」ことが原因で心の病も患ってしまったひとり。その大きなきっかけのひとつが阪神淡路大震災だった。家は半壊状態になったうえ、職場である神戸女学院大学の復旧に、シングルファーザーとしての子育てが重なり、震災以降馬車馬のように働く日々が続く。そして、地震発生から半年の月日が経ち、ようやく家に帰ってきたときに変化は起きるのだった。

 落ち着いた日々を取り戻すと同時に心は病み始めていく。ちょっとした音にも震災のことがフラッシュバックして恐怖を感じて不眠状態になり、無理に眠ろうとして服用した睡眠薬により授業中も記憶が飛ぶようになってしまう。そんな生活が続き、自己否定の感情が心を蝕んでいく。

 そんなとき彼を救ってくれたのは、趣味の合気道だった。合気道は試合に勝つために負荷をかけて練習し、頭にも身体にもストレスをかけるといった一般的な競技スポーツとは違い、むしろ、脳を休ませ、身体がどう動きたいのかを見つめる武道。心を休ませ、身体が心地いいと感じることを優先的にしてあげるという生活の送り方を合気道から学んだのだ。田中圭一の場合とかたちは違うが、内田樹の場合も、脳に負荷をかけないような生活を心掛け、無理をしない生活の送り方を会得することで心の病を寛解させていった。

 無理をしない──。『うつヌケ』に登場する人たちの多くに共通するキーワードはこれだ。大槻ケンヂもまた、現代人がどうしても心にかけてしまう「無理」な負荷との付き合い方を学んで病を乗り越えたひとりだ。

 彼がだんだんとおかしくなっていったのは、あまりに若くして成功してしまったのが原因だった。24歳で武道館のステージに立つなど大ブレイクを果たすも、もともとネガティブな思考が強かった彼は「こんな状況がずっと続くわけがない」という心配と不安に苛まれるようになり、そのうち「自分はエイズなのではないか?」と怯える心気症になってしまう。一番ひどい時期は、カタカナの「エ」の字を見ただけでパニックになってしまうような状況だったという。

 そんな状況を変えたのは心療内科で受けた診療と投薬。そして、本で出会った「森田療法」であった。彼は心の病を変えてくれた発想法の変化をこのように語っている。

〈それは仏教の考え方をとり入れた治療法で、「不安」も「葛藤」もなくすことはできない。人間生きていく限り、老いも病気も死もさけられない。だから、「不安」はあるがままにすておいて、今自分がすべきことをすればいい。そのうえで、成功しても失敗してもその人生はまちがいではない。ここでボクは自分を俯瞰する視点を持てるようになって、一気に気が楽になりました。「不安」は消えることなく、時々ちょっかいを出してくる困った存在だけど、いっしょに歩くことが可能なヤツだ──そう思えるようになってきたんです〉(筆者の判断で句読点のみ付け加えた)

『うつヌケ』では、巷間よく言われる「うつは心の風邪」という表現に強く異を唱えている。うつは風邪なんて生易しいものではなく、「うつは心のガン」と断言する。風邪のようなものだと認識してしまうと、「風邪ぐらいで会社は休めない」と頑張ってしまうが、その頑張りが良くないのだ。ガンが分かってもまだ頑張って出社しようとする人はいないし、また、ガン患者に出社を強要する人間もいないだろう。うつとは最悪の場合は死にいたる病であり、それほどの緊急性と深刻さをもった病である。

 だから、疲れ果てて、不安がもたげたり、自分のことが嫌いになったりしてきたら、気兼ねせずに一歩踏みとどまって休むべきなのだ。『うつヌケ』からはそういった考え方の重要さを学ぶことができる。病気で苦しんでいる人はもとより、いまは元気な人こそ一読しておくべき本だろう。

 ちなみに、吉田豪『サブカル・スーパースター鬱伝』(徳間書店)でインタビューに応えているリリー・フランキーはこんなふうに語っていた。リリーはかつてストレスを抱え込み味覚障害になった過去をもっている。

「鬱は大人のたしなみですよ。それぐらいの感受性を持ってる人じゃないと、俺は友達になりたくないから。こんな腐った世の中では少々気が滅入らないと。社会はおかしい、政治は腐ってる、人間の信頼関係は崩壊してる、不安になる。正常でいるほうが難しいですよ」

 発想の転換としては、こんな開き直りもアリかもしれない。休むことも、開き直ることも悪いことではない。心身ともに健康に生きていくためには、どんどんやっていくべきことなのだ。
(新田 樹)