左から山口智、宮本恒靖、松代直樹。今季からU-23チームの指導に当たっている豪華OBトリオだ。写真:川原崇(サッカーダイジェストWeb)

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 長いトンネルからようやく抜け出した。

 J3を戦うガンバ大阪U-23は4月30日(6節)、アウェーで首位・福島ユナイテッドとの一戦に臨み、しぶとく1-0で勝利。開幕からの連敗を5で止め、ようやくひと息ついた。
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 チームの指揮を執るのは、ガンバきってのスーパーレジェンド、宮本恒靖(40歳)である。2015年1月に9年ぶりでクラブに帰還し、ジュニアユースのコーチから指導者の道へ。昨年はユース監督を務め、今春から現職に抜擢された。
 
 そんなツネ様を補佐するのが、ふたりの猛者だ。ヘッドコーチの山口智(39歳)と、GKコーチの松代直樹(43歳)。西野ガンバの黄金期に鉄壁のディフェンス網を形成したトリオが、揃って今季からU-23の指導にあたっている。フィジカルコーチは、V・ファーレン長崎などで実績を積んだイ・チャンヨブさん(44歳)で、こちらも新任だ。
 
 現役時代に3人がプライベートで仲良くしていた記憶はまるでいないが、ピッチ上ではつねに意見交換していた印象がある。いずれも理論派で、自己のサッカー哲学をしっかりと持っていた。将来は3人とも指導者になるのだろうと容易く想像できたが、まさか同じチームで、しかもガンバで一堂に会するとは、なんとも不思議な巡り合わせだ。
 
 2015年シーズンいっぱいで現役を退いた山口は、その直後にガンバに戻り、強化部での業務を経て、この春からコーチングキャリアをスタートさせた。クレバーな守備対応が光った現役時代さながらに、コメントの切れも相変わらずだ。
 
「僕はふたりから学ぶことだらけですよ。1年生ですからね。ツネさんは本当に、いろんなものが見えてる。周りからさまざまな意見を取り入れながら、じっくり冷静にチームを見極めてますよ。現役時代と同じ。松代さんはもう育成で長くやってるし、ユース、ジュニアユースとふたつのカテゴリーを教えていたから、すごく勉強になります。で、やっぱりひととしての接し方が素晴らしい。日々、勉強です」
 
 松代は2010年からジュニアユースとユースでGKコーチを務めてきた。指導者としてはふたりよりも先輩ながら、プロ選手を相手にするのは彼も初めてである。
 
「サトシはね、すでにサッカー観があるというか、やはりそこは現役時代に培ったものがあって、それを指導にどう活かすべきかをすごく考えてる。伝え方のところとか、上手やなって思いますよ。ツネは、目先のことを考えるんじゃなく、大きい枠で選手に大事なことを伝えようとしている。なんて言うか、一緒に仕事がしたいと思わせる監督。言いすぎじゃなく、素直にそう思いますよ」
 
 厚い信頼関係が垣間見える。
 
 では、チームを束ねる宮本監督はどう感じているのだろうか。
 
 U-23を取り巻く環境は、率直に言って厳しい。昨季からJ3に参戦しているが、今季はトップチームとの境界線を明確に定め、活動も完全に分かれて行なわれている。昨季はベテランや怪我明けの選手の調整の場として活用されがちで、20歳前後の選手に実戦の場を与え、近未来のガンバの礎を作るという大前提がなし崩しになっていた。そのため、強化サイドは完全分離に踏み切ったのだ。
 
 だが蓋を開けてみると、問題は山積だ。クラブハウスの天然芝グラウンドは養生もあってU-23は日常的に使えず、近隣の競技場やJグリーン堺などを間借りしている。そもそもガンバは選手の総保有数が多いほうではない。トップチームの活動が優先されれば、紅白戦やフォーメーション練習をするためにU-23から随時若手が引き上げられる。練習でも試合でも、U-23はユースから選手を回さざるを得ず、なんとか帳尻を合わせているのだ。
 
 とはいえ、宮本監督は「クラブには意見はちゃんと伝えていますし、なによりも自分たちに与えられた環境でなにができるかを第一に考えてます」と、ある程度は覚悟の上だったと話す。同じくU-23チームを稼働させているFC東京とセレッソ大阪も、似たシチュエーションに置かれている。泣き言を言っていても始まらないのだ。
 
 指揮官は「最初苦しむやろうとは思ってたけど、ここまで得点ゼロが続くとは考えてなかった」と苦笑し、こう続けた。
 
「プロの選手と一緒にやってますけど、そこは育成の観点で取り組んでます。もちろん試合をやる限りは勝利を求めて臨みますが、いい選手を育てるのが先に来てますね。18歳、19歳の経験に乏しい選手が、パパッと頭が動く、相手より早く動き出すとか、試合に出て自分は巧くなったと感じてくれるような環境を作りたいんです」
 
 3人のスタッフについては?
 
「サトシは引退してまもないから、まだ選手に近い目線があるんです。それを残したまま、上手く活かしながら選手たちと接してますね。松代さんはもうこの育成でずっとやってきてるんで言うことはないし、指導を見ていても経験値の高さを感じます。チャンさんは長崎でも実績のある方ですから、こちらも経験が豊富。みんなでいろんな意見を交わしてますし、いい信頼関係が築けてると思います」
 
 ユースを率いる實好礼忠監督(44歳)とも、対話を欠かさない。取材に訪れた日はU-23の練習が先に終わり、「ツネ」は「ノリちゃん」と並んで紅白戦を観察していた。昨季1年間、指導に当たった教え子たちの成長ぶりなどをチェックしたようだ。
 
「去年はノリちゃんがU-23の監督で、今年は立場が逆になったんですけど、だからこそお互いの気持ちが分かるというか、連携はスムーズですよね。ここは日頃からしっかり話さないといけませんから」
 この2年の間で、ガンバの黄金期を支えたレジェンドたちが続々と里帰りを果たしている。
 
 元トップ登録選手で現在クラブの仕事に従事しているのは、宮本、實好、山口、松代、島田貴裕、朝比奈伸、青木良太、児玉新、中山悟志、そして中澤聡太と、枚挙に暇がない。山内隆司社長によると今後もOB人事を重視していくようで、他クラブに籍を置く何人かのレジェンドが帰還するだろう。ただの慣れ合い集団になるのではないか。そんな懸念の声も挙がるが、昔ながらのファンやサポーターにとってはひとつの朗報だろう。
 
 ガンバらしさを熟知するOBたちがそれぞれの立場で強化に携わり、後進に伝承し、クラブの幹は年を重ねるごとに太くなっていく――。理想的な流れじゃないかと松代に投げかけたところ、そもそも「ガンバイズムとはなんぞや」の話になった。
 
 13シーズン在籍し、ピッチ内外でクラブの浮き沈みを体感してきた守護神はこう考えている。
 
「ガンバイズムって、僕らにしても教わったものじゃないですからね。普段の練習や試合を通して、サッカーをしながら理解していった。例えば攻撃的に戦うとか、パスをしっかり繋ぐとかいろいろあるのかもしれませんけど、そういうのは個人個人が感じ取るもの。これだと決まってるものじゃない。僕らが若い選手と接するなかで、彼らが気づいて、伝わっていけばいいと思ってます」
 
 返す言葉もない。ただ深〜く、頷いた。
 
取材・文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)