日本郵政本社が所在する日本郵政ビル(「Wikipedia」より)

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 日本郵政は2017年3月期の連結決算で、4003億円という巨額の減損処理を行い、07年10月の郵政民営化後初めて最終損益が400億円の赤字に転落する。従来予想は3200億円の黒字だったが、15年に6200億円で買収した豪州の物流大手トール・ホールディングスの業績が振るわず、会社の資産価値を切り下げる減損処理をする必要に迫られたことが要因だ。トールは日本郵政傘下の日本郵便の子会社になっており、日本郵政の孫会社だ。

 買収先の純資産と買収価格の差は、「のれん代」と呼ばれる。当初、のれん代は5300億円に達した。日本郵便は20年かけてトールののれん代を年間200億円ずつ償却していく方針だったが、16年末時点でのれん代は3860億円に上っている。期待したほど収益が上がらないため、全額の減損を余儀なくされた。

 トールは1888年の創業で、本社はメルボルンにある。アジア・太平洋を中心に世界50カ国・地域に1200拠点を展開し、従業員は4万人を数える。企業向けサービスに強みを持つ総合物流企業という触れ込みだった。

 のれん代がなぜ、これほど大きいのか。それは、トール自身が100件以上のM&A(合併・買収)を繰り返しており、日本郵政が買収する段階で、すでに多額ののれん代が累積していたからだ。

 日本郵政グループが上場したとき、もっとも懸念されていたのがトールののれん代だった。巨額買収を懸念する声は当初からあったが、当時社長の西室泰三氏が独断で買収を決めた。15年春の取締役会で初めてトールの買収を説明したが、西室氏は「もう決めた」と語り取締役会の批判を封印した。

 その後、15年11月4日に日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険が東京証券取引所に同時上場した。

●買収強行の真相

 西室氏ら経営陣は上場直前の9月下旬から10月上旬にかけて欧米に出張した。海外の機関投資家に経営戦略を説明し、日本郵政グループに投資してもらうためだ。

 機関投資家が求めるのは、高い成長が望めるIPO(新規上場)だ。高い成長イコール高い株価につながるからである。だが、投資家は「日本郵政は成長性に乏しい」と、厳しい評価を下した。

「機関投資家が望ましいと考えるROE(株主資本利益率)は平均11%以上です。日本郵政は上場時点で3.4%と、上場企業3500社の下位にとどまっていました」(国内の機関投資家)

 だが、機関投資家が拒否反応を示した根本的な原因は、別にあった。持ち株会社の日本郵政と、その完全子会社の金融2社が同時上場する“親子上場”に「ノー」を突きつけたのだ。利益相反を防ぐという観点から、親子上場は市場では歓迎されない。

 海外の機関投資家が「成長性なし」とみなす郵便事業で、成長性があるところを見せるために、日本郵政は上場する9カ月前にトールを買収した。国際的な物流企業へ変身するという、郵便事業の成長戦略を具体的にアピールするためのM&Aだった。しかし、日本郵便に国際事業を積極的に展開するための人材もノウハウもなく、トールの買収は上場に向けて厚化粧を施したにすぎなかった。

 西室氏が3社同時上場を強行したのは、株式の売却益をできるだけ多くしたいという安倍政権の意向に沿うためだ。親会社の日本郵政の上場だけでは、東日本大震災の復興財源を確保できなかったからといわれている。

 日本郵政グループは、郵政民営化に始まり、上場までもが政府主導で決まった。上場のために社長に迎えられた西室氏にとっては一世一代の大舞台で、何がなんでも成功させなければならなかった。4月25日の記者会見で同席した日本郵便の横山邦男社長は「M&Aを急ぎすぎて高値になった」と話し、日本郵政の長門正貢社長は「楽観的すぎたという批判を否定するのは難しい」と述べ、トールが“高値づかみ”だったことを事実上、認めた。

 日本郵政がIPOするに当たって、「PBR(株価純資産倍率)で、ゆうちょ銀行、かんぽ生命は、三菱UFJフィナンシャル・グループより割安で配当も高い」とうたい、幹事証券会社が、退職した小金持ちの個人投資家などに日本郵政グループの株式を買わせたのが実情だ。

 しかし、将来性が見込めないトールに6200億円という巨費を投じた結果、トールは日本郵政の「負の遺産」と化してしまった。長門氏は「過去のレガシーコスト(負の遺産)を一気に断ち切る」とした。

 長門氏がトールの買収が失敗だったと認める格好で巨額減損に踏み切ったのは、日本郵政株式の追加売り出しが7月以降に実施されることが決まったからだ。追加の売却をスムーズに行うために、懸案だった“トール処分”を断行する。トールの巨額の減損処理も、政府主導の側面が強い。

●トールをウエスチングハウスと同一視か

 4月22日付朝日新聞記事『日本郵政 見誤った買収』では、こう論じている。

「16年初めの日本郵政の経営会議。トールの現状について『かろうじて黒字』などと報告されたのに対し、社外取締役から『日本郵政にとって意味があるから買ったのでは』『いくら儲かり、いくら損して、これからいくら負担しなければならないのか、数字で示してくれ』などの懸念が出た。

 グループ内でも『すぐに減損処理せざるを得ない』との見方が強まっていた。

 このころ、西室氏がかつて社長を務めた東芝の子会社、ウエスチングハウスも原発の受注悪化などから減損が避けられないとの見方が出ていた。だが、東芝はまだ『将来の収益が見込める』として損失の計上は不要との姿勢を続けていた。

 16年2月に取材に応じた日本郵政幹部は同年3月期にトールの減損を実施するのかと問われ、こう答えた。『しない。ウエスチングハウスと同じだ』」

 西室体制下の経営幹部は、トールとウエスチングハウス(WH)を同一視していたことになる。西室氏も彼の子飼いの幹部たちも「WHが沈むことはない」と盲信していたということなのか。

 16年4月、西室氏から長門氏に経営はバトンタッチされた。

 日本郵政の新本社は千代田区大手町2丁目、逓信総合博物館が入居していた逓信ビルと東京国際郵便局の跡地に建設中。2棟で構成し、A棟は地上35階、B棟は同32階建て。延べ床面積は2棟合わせて34万9000平方メートル。建物は2018年10月頃に完成する。内装は西室氏の意向を踏まえ、欧米の先進企業をモデルにした。担当役員が米・ニューヨーク市などで世界的なIT企業や金融機関を多数視察していた。西室氏本人は、この新ビルで仕事をして19年春に辞任というタイムスケジュールを立てていた。

 西室氏の病気入院による経営の空白が懸念されたかたちの社長交代で、西室氏は無念のリタイアとなった。

 西室氏の出身母体である東芝は、粉飾決算問題の深刻な後遺症で苦闘が続く。米原発子会社ウエスチングハウスの巨額減損、経営破綻で解体の危機に瀕している。

 かつて東芝本社ビル38階の役員フロアには社長、会長の執務室のほかに、相談役の個室があった。西室氏は土光敏夫氏が使っていた部屋に居座り、東芝の首脳人事を壟断してきた。

 東芝の米原発子会社の経営破綻、日本郵政の豪物流子会社の減損処理。「西室氏が行くところ巨額損失あり」と揶揄する声が多い。
(文=編集部)