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素早いレスリングスタイルから「忍者」と呼ばれる。リオ五輪グレコローマンスタイル銀メダリスト太田忍。五輪決勝ではディフェンスが弱く敗れた。しかしこう言い切る。「より攻める練習を続ける」。独自のスタイルを確立する彼も、小1で始めて数年は「嫌々ながらレスリングをやっていた」という。しかし中学の頃、失敗の経験を糧にあることに気づいた。5月、春のフレッシュな気持ちも少し停滞しがちな頃では?メダリストが語る「継続の極意」とは。

撮影 岸本勉 中村博之(PICSPORT) 取材・文 宮崎俊哉



○中1の全国大会準決勝で敗れ気づいた



――リオ五輪での太田選手に活躍に憧れる子供たちも多いでしょう。始めたきっかけは?

父に騙されて、休日「遊びに行くぞ」というのでついて行ったら父が卒業した高校で、ちびっこレスリングをやっていまして。そこで練習にいきなり混ぜられたのきっかけです。

――半ば無理やりだった。

はい。小1から始めて6年間はイヤでイヤでたまりませんでした。毎日学校から帰ってくるとすぐ練習。父がコーチで5時間みっちりやらされていたので、いつやめようかと思っていました。楽しくなったのは中学生になってからですね。小学生のときは、それなりに練習していたので負けることはなかったんですが、中1のとき全国大会の準決勝くらいで負けてしまって。「自分の意思でやらないと強くなれない」とわかったら、逆に楽しくなりました。

――続けていて感じる魅力とは?

練習した結果が試合に出る。相手に試合で勝てると達成感が得られる。それが一番の魅力だと思います。

――いま、楽しい時期でしょう。

はい。オリンピックが終わって、自分で考えながら練習できているし、リオの前より技術面でも上がっているので。



○わざと不利な状況をつくって練習する



――オリンピックの翌年、「東京」まであと3年の今年はどんな位置づけですか?

「まだ3年ある」と言われますが、予選とか考えると2年ぐらいしかない。東京で金メダルを獲るためには、前年かその前に世界チャンピオンになっていなければと思っているので、今年からしっかり戦ってきたいと思っています。

――リオでの戦いを今一度振り返っていただけますか?

世界選手権出場経験がなく初の大舞台でしたが、初戦でロンドン金メダリストを破るとそこから圧倒的強さで勝ち上がり、準決勝では北京・ロンドンの銀メダリストを撃破して銀メダルを獲得しました。
金メダルを獲るための練習をして挑み、練習の質・量ともに負けない自信がありました。ビデオ研究もしっかりして、この相手にはどう戦ったらいいか頭の中で何十試合もやったので、試合に向けての準備もできていたのが決勝戦までの勝因だと思います。技術・体力面では、僕はもつれたところからが強いので、そこが活かせたかなと。初めてのオリンピックでしたけど緊張もせず、自分のレスリングが一番できた大会です。

――太田選手といえば、“忍者”と評され、相手が予想できないトリッキーな動きが特徴だと思いますが。

グレコローマンスタイルの場合、世界では相手の腕1本を自分の腕2本でコントロールしたところから展開するのが主流。それに対して、日本の場合というか、日体大の基本は相手の脇に自分の手を入れる“さし”から攻める。でも、自分はどちらでもなく、できるだけ相手と組まないので。

――そうしたオリジナルスタイルはどうやって身に付けたのですか?

卒業後も日体大で練習させていただいて、学生と練習する機会が多いんです。そうしたなかで自分のスキルをどう磨こうかと考えたとき、わざと不利な状態をつくって、そこから逆転するという練習をしてきました。それで、どんな状態からでも点数が獲れるレスリングが身に付いたんだと思います。それと、子どもの頃から父に「絶対に点数をやるな。 10−9の試合より1−0 のほうがいいんだぞ」と言われ、それも自分のスタイルになっていると思います。



――“忍”という名前で“忍者レスラー”。

名前とかけてというわけではなく、最初はアメリカ・ナショナルチームのコーチが僕のレスリングを観て「忍者レスラー」と言ってくれたんですが、自分でもピッタリかなと。

――名前をつけたのは?

父です。押阪忍さんのラジオを聴いていて、「男で忍はいいな」と思ったと言うんですけど、それが父の照れ隠しなのかどうかわかりません。でも、“忍耐”という思いが込められていたらいいなぁと思います。

○東京五輪への道は「攻めて勝つ」



――今後、強化していくポイントは?

リオの決勝で負けたのはディフェンスが劣っていたから。なので、それぞれの場面でどうしたら失点を防げるか考えながらやっていますが、ディフェンスの練習ばかりしているわけではありません。やっぱり、攻めて勝つのが僕のレスリングなので、あくまでも攻めながら失点しないようにしています。

――ライバルについて。2017年3月の世界ランキングで太田選手はグレコローマンスタイル59kg級2位につけていますが、5位には文田健一郎選手がいます。太田選手にとって、文田選手はどんな存在ですか?

リオの前は国際大会でボクしかメダルが獲れなかったので寂しかったですが、最近は僕以外でもメダルを獲ってくる選手が出てきたので、日本のグレコで一番レベルの高い階級だと証明できた。しかも、それが日体大の後輩ということで正直うれしいと思いますし、そこで競り勝ってこそ世界の金メダルが見えてくると思います。二人で刺激し合って、どっちが出ても金メダルとなればいいですけど、最後に世界選手権、オリンピックで金メダルを獲るのは自分。昨年12月の全日本選手権では文田選手に不覚を取りましたが、6月の全日本選抜で勝ち、世界選手権選考プレーオフでも連勝して、圧倒的な強さを見せつけて世界選手権へ行かなければと思っています。

―― 2020年までのロードマップはしっかりできているようですね。

はい。リオの前は 2年ぐらい前からしか見えませんでしたが、今回はしっかりつくっていけると思います。

――最後に2020年東京オリンピックへ向けての決意をお願いします。

地元開催ということで、リオのときよりも会場に来て、応援してくださる方が多いと思うのでその分さらに、そして何よりも自分のために絶対に金メダルを獲得します。


結局は「自分で気づくかどうか」。太田が独自のスタイルを生み出す原点がここにある。それは中学校1年時の敗戦から始まった。その前には小学校で全国大会4連覇、その後は中2と中3で連覇するのだから、敗戦の衝撃度の大きさは推して知るべしだ。しかし太田は後にこの失敗を最大限にプラス活用し、キャリアを歩んでいる。独自のスタイルは東京五輪で花咲くか。今後も要注目だ。



<プロフィール>
太田忍 おおた・しのぶ

1993年12月28日生まれ。青森県三戸郡五戸町出身。山口・柳井学園高−日体大学を経て2017年よりALSOKレスリング部所属。全日本少年大会4連覇、中2、中3時には全国中学選手権優勝連覇。高校ではフリースタイルに加えグレコローマンスタイルにも挑戦し、全国高校選手権連覇。日体大進学後は同スタイルに本格転向し、2015年ハンガリーグランプリで優勝。国際タイトルも獲得した。2016年のリオ五輪前にはツイッターでメダル獲得を宣言。言葉通り銀メダルを獲得し、有言実行ぶりも話題になった。