織田記念男子100メートル決勝に出場した桐生

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「9秒台は通過点」…桐生祥秀が夢の大台確信する理由、「未完成」の10秒04

「夢」と表現されるようになって久しい大台は、またしても出なかった。

 桐生祥秀は50人以上の報道陣が待ち構えた会見場に現れると「これだけたくさんのメディア、観客の皆さんがいた前でベストを出せなかった」と第一声、悔しさを隠そうとしなかった。「今日は本当に狙っていたので」。そう言って、唇をかんだ。

 29日の織田記念国際。歴史的瞬間を見ようと約1万1000人のファンが殺到し、メインスタンドを埋め尽くした。熱視線が送られた男子100メートル決勝、第5レーンから圧倒的な速さで桐生が駆け抜けた。

「10.04」――。

 スクリーンに表示された数字が映し出され、深いため息がスタジアムに充満する中、誰よりも悔しかったのは、本人である。

「皆さんが求めている9秒台を出したかった」。場内インタビューの第一声もまた、感情は隠れていなかった。しかし、その後に報道陣に対応しても、21歳の表情は言葉とは裏腹に少しの暗さもなかった。これだけ「9秒台を出したかった」のに、だ。その理由は、このひと言に隠れていた。

「まだまだ修正点があった。逆に、ここから伸びしろがあると思うんで」 

「まだ完成されてない」―可能性感じる10秒04、向かい風の日本歴代最高記録

 可能性を感じる10秒04だった。

 何よりも0.3メートルの向かい風という条件。土江コーチが「ほんの数分前後の追い風で走れていたら……。あの瞬間だけの向かい風。もうちょっとずれていたら、違う展開になっていたと思う」というように、気まぐれな風に泣かされた形だが、向かい風での日本歴代最高記録。風次第では十分に9秒台が出ていてもおかしくなかった。

 走り自体にも「伸びしろ」はあった。「50〜60メートルのところでもっと上げたかったし、もっと上がるなと思った、まだ完成されてない」と桐生。今年はラスト80〜100メートルで落ちてない感触があるといい、「そこがうまくいけばベストもいけると思う」と課題を自己分析している。

 そして、まだ4月にして、今季3戦すべてで10秒0台をマークした。「7、8月に照準合わせて試している4月の段階で、これだけ0台が出たことは良かった。5月以降、もっと暖かくなれば伸びてくる」と振り返ったように、シーズン序盤ということを考えれば、タイムが縮む余地はある。

 これだけ冷静に分析しているのは、桐生陣営が9秒台を「通過点」と考えているからだろう。

 土江コーチは「もう出ます。出るかどうか(という時期)の問題は過ぎている。どこかのタイミングで9秒台が出ても、そこがゴールじゃない。ロンドンでそういう(9秒台の)選手たちと、戦うレベルにならないと」と、8月の世界選手権を見据える。あくまで、意識にあるのは9秒台のランナーがひしめく世界での勝負だ。

21歳の肉体の進化「明日、100m走ろうと思えば走れるくらい」

 では、なぜ9秒台に限りなく確信に近い自信を持てるのか。

 前述の「伸びしろ」に加え、肉体の進化もある。桐生はレース後の消耗度について「明日、100メートル走ろうと思えば走れるくらい」とケロリと言った。「出雲も決勝で0台を出して(翌日は)ちょっとだけ重いなというくらい。去年は0台出した時は『重いな』『だるいな』と思った時もあったけど、今は練習もできる」と実感している。今年22歳。肉体は充実期を迎え、高い理想を追い得るだけの領域に入った。

 山縣、ケンブリッジという強力なライバルも9秒台を目指し、しのぎを削っている。誰が最も早く10秒の壁を打ち破るかについて、桐生は自然体を強調する。「9秒台を出したからといって引退じゃない。そこを通過点としてやりたい。世界選手権の決勝に残って勝負できるくらいにならないと」。そう言って、視線を上げた。

「次は世界のスタートラインに立ちたい。そこを出して、やっと位置につける」

 まだピークには遠い状態で、条件に泣かされながら叩き出した好タイム。土江コーチは「10秒0台をこれだけ続けて出すことの意味は自信を持てることにある」という。10秒04から掴んだ「伸びしろ」を自信にしながら、突き進んでいく桐生祥秀。次の100メートル出場は5月13日のダイヤモンドリーグ上海大会だ。「夢の9秒台」は、そう遠くない未来にやって来る。

ジ・アンサー編集部●文 text by The Answer