「Thinkstock」より

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 本連載「コンピュータ技術の進歩と日本の雇用の未来を考える」の最終回では、コンピュータ技術の加速的な進歩による雇用環境の変化に、どのように適応するかを考えてみたい。

 前提として、ブルーカラーの仕事から、事務職などのホワイトカラーの仕事にとどまらず、高度な知識・技能など専門性を必要とするこれまで人間にしかできない、高度で定性的・非定型とされてきた複雑な仕事も、コンピュータ技術で代替えされつつある。現在の雇用が広範囲に喪失し、人間が雇用されないという「沈黙の解雇」が起こるだろう。

 こうした流れは急速なだけに、これまでの機械による身体的作業の代替えとは異なり、AI(人工知能)に代表されるデジタルテクノロジーによる人間領域の侵犯、ひいては、それが人間にとって代わる存在となるといった人間存在そのものにかかわる問題となる。これまで人間しかできないと思っていたことが、意外とそうでもないということがわかる、つまり、極論すると真の人間存在とは何かが真剣に問われるわけである。これには、多くの人が強い危機感を持つかもしれない。話題性を煽ることで、購読者数を増やしたいメディアの動きをどう解釈するかについては読者諸兄姉の判断に任せることとしたい。

 しかし、前回の連載でも述べたが、雇用喪失の観点も含めて、今後、現実的な問題となっていくのは、人間(の意識)に近づこうとする(ひいては人間の存在を超越するかもしれない)「強いAI」ではなく、急速に進歩する「深層学習(ディープラーニング)」のアルゴリズムを核とする「弱いAI」である。たとえば、「弱いAI」を実装して急速に進歩する制御技術を有したロボットなどだ。

●デジタルテクノロジー革新の民主化

 このデジタルテクノロジー革新の民主化(国家や大企業の独占物ではなく、個人やスタートアップ<ベンチャー企業>でも等しく活用できる)がビジネス活動に与える自由度の大きさは、着目に値するという考えもある。いずれにせよ、そこから享受するメリットの本質とは、デジタル化とIoT(モノのインターネット化)によって生成される膨大なデータ(大量の非定型データを含むビッグデータ)を、パーセプトロン【註1】型の深層自己学習に代表されるアルゴリズムの解析によって、既知の知の精度を飛躍的に上げ、人間では計りえない知を得ることで知の境界とその価値を拡大できることであろう。

 この状況は、真核生物がミトコンドリアを取り込んで好気性に転じ、急激な生息領域の拡大と多様化を行ったカンブリア大爆発に近似している。現在のデジタルテクノロジーはミトコンドリアに相当するものであり、個人にとっても企業にとっても大きなチャンスをもたらすのだが、逆にいえば、リスクを取らない守りの姿勢が最もリスクが高いともいえる。

 歴史的に考えれば、18世紀の産業革命では、機械に代替えされた労働者は拡大した産業に吸収され、農業社会は産業社会に転じた。今回も同じことが起こらないとはいえない。価値の源泉が農耕時代の土地、産業化時代の鉄となったように、情報化時代のデータへと変わるので、産業社会から情報社会に転じるわけである。このように能動的に前向きに考えることも可能である。

 しかし、今回の変化は、百年単位の時間がかかった産業革命とは異なり、そのスピードが急であり、影響を受ける領域もはるかに広範囲であり、新しい労働に求められる知識や技術・技能の難易度も高い。加速化するデジタルテクノロジーの進歩がもたらす価値とは、有用性、迅速性、正確性の高次化であり、そのような環境のなかで、仕事は複雑・高度化し、そのスピードは速まる。

●変化への適応

 多くのワーカーやワーカー予備軍が考えるべきは、蒸気機関の発達でその必要性を喪失した馬にならないようにすることではないか。読者諸兄が馬にならない保証はない。しかし、馬は何もできず、変化に対して受動的であるしかなかった。馬は役目を終えるのをただ待つしかなかったのである。

 しかし、人間は時代を先読みして、先んじて適応へのステップを歩み出すことができる。私たちは真剣に今回の構造的変化を見極め、その変化への適応を考えなければならない。

 変化への適応を考えるに当たって、「弱いAI」がある領域に限り、自己学習し、人間の能力を超えた量の情報と高速な処理(人間と違いコンピュータは経験をすぐに共有できる)を精密に行うことができることをまず認識する必要がある。「弱いAI」の得意とする領域で競っても、勝ち目はないのである。

 確かに、「弱いAI」がコンビを組み、その能力を急速に向上させている最近のチェスプレーヤーのように、これまでの能力の限界を超えていくことも可能であろうが、それは多くのワーカーにとって現実的な選択肢ではなかろう。

●AIの適応領域を論理的に分類

 以下、多くのワーカーが選択を考える上で参考になるであろう、適応領域を論理的に分類してみたい。

(1)「弱いAI(=デジタルテクノロジー)」を使いこなす

「弱いAI」よりも上位レベルで考え、不完全な状態でも優先順位をつけ、課題を解決する(その時点での最適解を模索する)ためには、「弱いAI」をどのように利用することが最大効果の点で可能かを判断できる。それには、大局観が求められる。

(2)「弱いAI」と一緒に働く

「弱いAI」の能力を理解し、それを現場で仕事のプロセスといかにつなげて、マッチングさせていくかを、「弱いAI」の利用とビジネスプロセスの最適化の観点で実行できる。いい換えれば、「弱いAI」とビジネスプロセスとの間の翻訳者である。

(3)「弱いAI」に使われる

 人間がしている仕事の付加価値が低く、「弱いAI」を導入するという投資に見合わないと判断される仕事や、「弱いAI」を導入するという投資に見合うが、マーケティング上、あえて人間にやらせる価値があると判断された仕事である。これらは、専門性は求められない、付加価値が高い仕事ではないので、賃金も安く、避けたい選択肢だが、失業するよりはましであると考えることもできるバックストップ的な選択肢である。

(4)ニッチ(当分涸れない小さな池)

 現在の人間の仕事の専門性が高く、付加価値も高いのだが、「弱いAI」を導入するという投資が見合うほどの規模がない仕事である。「弱いAI」の進歩によって、いつかは消滅するかもしれないが当面は生き延びる。これも沈黙の解雇に当たる仕事であるかもしれない。

(5)棲み分け

「弱いAI」も万能ではないので、得意でない仕事もあるはずであると捉え、その領域がなんであるかを探る。考えられる領域としては、完全性と再現性が求められないものであろう。別の言い方をすれば、想定通りには進まず、臨機応変な対応が求められる、一回性の非計算・非認知の領域である。具体的には、コミュニケーションが必要な人とのインターラクションの多い、説明や説得や気遣いなど共感能力と感情表現を必要とする仕事が考えられる。最も多くのワーカーが、この領域に適応することになるのではないか。

 とはいえ、接客などのサービス業の多くがすでにデジタルテクノロジーに代替される流れにあることからも、サービス業だから安心ということではなく、人間的要素がより訴求される領域を探す努力は必要である。

(6)システムそのものをデザインする

 新たなシステムをデザインするのは、無から有を考えられる人間であろう。これには当然、高い学習意欲と探究心を前提に、先端のデジタルテクノロジーに対する深い知見が求められるうえに、創造性と文理双方の知識も求められるので、難易度は相当に高い領域であるといわざるをえない。

●最も大きなリスク

 上記にあげた6つの選択肢のなかで、自分はどれに適合し、さらに追求していけば良いかを私たちは考える必要がある。それを考えることが、「弱いAI」による雇用喪失という環境に、自分はいかに適応していくかの一助になればと考えている。

 最後になるが、加速化するデジタルテクノロジーの進歩がもたらす影響とそれへの対応を考えるには、まず、デジタルテクノロジーを理解することが第一である。知らないことは、最も大きなリスクになることを理解しなければならない。リスクを取らないことが最も大きなリスクであり、リスクを取らなければ「馬」になると心得なければならない。

「弱いAI」は疑うことをしないが、人間は信じる(believe in)ことができる。そして、良い質問とは人間にしかできない。この2つを心にとめて、環境変化への能動的適応というリスクを取る姿勢を身につけてほしい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

【註1】
パーセプトロン:動物の神経細胞は、樹状突起で他の細胞から複数入力を受け取り、入力が一定値以上に達すると信号を出力するが、その一連の動きをモデル化したもの。