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マツダ・サバンナRX-7(1985)

プアマンズ・ポルシェからの脱却

初代サバンナRX-7(SA22C)がデビューしたのが、1978年のこと。これまでのサバンナ(RX-3)の後継モデルとしての登場だった。それまでのクーペ/セダン・ボディから、スポーツカーとも言える2+2シーターのクーペ・スタイルにロータリー・エンジンという組み合わせは、多くの若者の心を躍らせるに充分だった。そして、その7年後、サバンナRX-7は2代目に進化する(FC-3S)。SA22Cの後期モデルにもターボ・ユニットを搭載したモデルが追加されていたが、そのSA22Cに搭載されていた573cc×2ローターの12Aとは異なり、ひとまわり大きな654cc×2ローターの13Bにターボチャージャーを組み合わせた新しいパワー・ユニットが搭載された。

パワーは、初期型で185ps。後にマイナーチェンジの度に205ps、215psへとパワーアップしていった。そのパワーもさることならが、やはり日本で唯一、いや世界で唯一のロータリー・スポーツというのが大きなセールス・ポイントだった。SA22Cもスポーツカーらしいモデルであり、その美しいスタイリングも大きな魅力だったが、欧米のスポーツカーに比べると、リーズナブルな価格ということもあって、どこか薄っぺらい印象があったのも事実だ。だから、欧米の口の悪いジャーナリストは、プアマンズ・ポルシェ(この場合は924)と揶揄したものだった。ちなみに時代、結構とプアマンズ(死語)という言葉が多用されたのを覚えている。

2代目となったRX-7も、相変わらずプアマンズ・ポルシェと呼ばれたのも事実だが、当時のライバルとも言えるポルシェ944に対して、プアマンズとはもはや呼ばせないだけの性能を持ち、クオリティもさすがに追い越すまではいかないまでも、ぐっと迫ったクルマになった。スタイリングもSA22Cと較べるとずっと重厚なデザインになったのも事実だ。特に、当時流行りでもあったブリスター・フェンダーを持つスタイルは、どっしりとした落ち着き感を与えてくれた。和製944と呼ばれたが、それはもはやプアマンズ944ではなく、944並のパフォーマンスを持ったスポーツカーということであったと信じたい。

素直なFRドリフト・マシン

エンジンの前に、このFC-3Sになって大きく変わったことに、その足まわりがある。フロントはストラット式とSA22Cのままだったが、リアがラテラル・ロッド付きのセミ・トレーリング・アームの独立懸架となり、更にリアにはトー・コントロール・ハブという当時、ちょっとしたブームになっていた4WSの技術を応用したシステムが採り入れられた。この足まわりは、SA22Cとは比べ物にならないほどに洗練されており、ある程度の腕があれば自在にコントロールできるものだった。フロント・エンジンとは言え、コンパクトなロータリー・エンジンの搭載位置は、フロント・ミドシップと呼んでよいポジションに収められており、前後の重量配分が50.5:49.5というほぼ理想に近いものだった。そのため、コーナリング・マシンとしてのポテンシャルは非常に高かった。だから、トリッキーなコーナリング特性をもつ本当のミドシップ・マシンであったMR2よりも、限界付近で素直な操縦性を持つため、ドリフト・マシンとしても歓迎されたのだ。今はマツダの美祢自動車試験場となっているが、当時は西日本サーキットと呼ばれていたコース(しかも、後年の時計回りではなく反時計回りの日本では珍しいサーキットだった)での報道向け試乗会が設定されたが、多くのジャーナリストや雑誌編集者がドリドリして楽しんでいたのを覚えている。

2012年6月にRX-8が生産終了して既に5年が経ち、実際にロータリー・エンジンのクルマを運転したことがないという人が大多数だと思われる。ここで、そのフィーリング、特にFC3S時代のロータリー・エンジンのフィーリングを思い出してみよう。まず、ロータリーの特徴は、レシプロ・エンジンよりもストレス無くレブ・リミットまで吹け上がること。これは往復運動を回転運動に変換するレシプロ・エンジンと異なり、もともとが回転運動であるから当たり前といえば当たり前。スムーズな吹け上がりがロータリーの魅力だった。その当時はモーターのような吹け上がりとも言われたが、EVが現実のものとなった今では、ロータリーとモーターの違いはその低回転域でのトルクにある。ご存じの方も多いと思うが、EVはスタート直後からフルトルクが発生されるのに対し、ロータリーは低回転域でレシプロよりも細いトルクしか得られなかった。従って、街中など中低回転域を多用するドライブには不向きだった。また、エンジン・ブレーキが効かないのも特徴で、減速はしっかりとブレーキでしてやる必要があった。バイクで言えば4ストと2ストの違いとでもいうのだろうか。とにかく、スポーツ・ドライビング向きのユニットであったことは間違いない。と同時に、軽快な吹け上がりには賛同を示しながらも、そのエンブレの効かなさに違和感を持つドライバーも少なくなかった。

ロータリー・エンジンで最も不評だったのは、その燃費だったことは記しておかなければならない。このFD3S、本気でワインディング・ロードを攻めると、リッター4km台といった数字となるのは珍しいことではなかった。また、その構造からオイル消費量も多かったと記憶している。

マツダは、2015年の東京モーターショーで公開したRX-ビジョンに、次世代のロータリー・エンジン、SKYACTIV-Rを搭載するとしており、継続してロータリーの開発を行っていると明言しているが、実際にはその実現性には疑問符が付く。ロータリー・エンジンがその輝きを魅せたのは、3世代にわたるRX-7で終わりになるのかもしれない。

余談だが…

西日本サーキットで行われた報道向け試乗会の日、場所が場所だけにさすがに日帰りではなく、その日の夜は開発技術陣との懇親会が催されたが、だいぶ酒量も回ってきた時に、思い切ってデザイン担当者に「FC3Sのデザインって、やっぱりポルシェ944を意識しました?」と聞いてみた。そうしたら、そのデザイン担当者曰く、「ここだけの話、だいぶパクリが入っています」と言っていた。今となっては時効の笑い話だが、山本健一元社長も、貴島孝雄元RX-7主査も、924、944をお手本にしたと後年語っていることからも、マツダが一番のベンチマークとしていたのはポルシェだったようだ。

現在の市場価値は?

中古車市場では60万円ぐらいから180万円ぐらいまでという価格が現在は付けられているが、やはりMR2でもそうだったように、一時期価格が下がった時に、ドリ車ベースとして使われることが多かったため、オリジナル・モデルを探すのは至難の技だ。ホイールまでオジリナルで、走行距離が少ないと、250万円などというプライスも付けられている。既にコレクターズ・アイテム入りということができよう。

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