(c)森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

写真拡大

 昨年大ヒットした『君の名は。』(新海誠監督)、『この世界の片隅に』(片渕須直監督)、『聲の形』(山田尚子監督)、そしてスタジオ地図の細田守監督作品など、アニメーション映画はバリエーションに富み、今でこそ多くの方にも受け入れられていますが、2000年代初めころは、「ジブリとそれ以外」といった見方をされていたような印象です。そんな頃に、湯浅政明監督の『マインド・ゲーム』を劇場で観て、大きな衝撃を受けました。

参考:アニメ界の異才・湯浅政明、なぜ国際的評価? 『夜は短し歩けよ乙女』“奇抜な画の動き”を考察

 当時、『マインド・ゲーム』の予告編を観て、「『劇場版クレヨンしんちゃん』や『ちびまる子ちゃん あなたの好きな歌』のあのシーンを作っていたのはこの人だったんだ!」とパッと観ただけでも分かったぐらいでした。大胆な演出と魚眼レンズのような構図、そしてカラフルな色彩。アニメーターを務めていた『ちびまる子ちゃん』から『夜は短し歩けよ乙女』まで、湯浅監督にしか描けないアニメーションを作り続けています。

 湯浅監督作品の面白さは、リアリティのラインを平気で飛び越えていくところ。登場人物の精神世界や人間離れしたキャラクターの動きが、何の違和感もなく受け取ることができるのは、湯浅監督ならではの描写だからといえるでしょう。その一方で、『四畳半神話大系』、そして『夜は短し歩けよ乙女』と驚くほど緻密に京都の街並みを再現してもいる。リアルとフィクションの使い分け方が非常に巧みだなと思います。

 原作を森見登美彦さん、イラストを中村佑介さんが手がけているほか、スタッフなどもほとんど同じ座組で作られている『四畳半神話大系』と『夜は短し歩けよ乙女』。当然、共通点は多々あるのですが、真逆の作品のようにも感じました。『四畳半』は内へ内へと主人公の妄想を描いた作品で、青春の懊悩を描いている。一方、『夜は短し』は、「先輩」の脳内描写もありますが、基本的には京都を縦横無尽に練り歩き、外に外へ開いていく映画。その違いは、深夜に放送されていたアニメと、劇場公開作というところから生まれてきたのかもしれません。

 『夜は短し』の「黒髪の乙女」はとても可愛いですね。でも、確実にこの子はサークルクラッシャー。現実にこんな子がいたら文化系の男はみんなメロメロになってしまい、非常に危険だと思います(笑)。そして『四畳半』より『夜は短し』のほうが、「私=先輩」の造形がより“童貞臭い”印象を受けます。そんなキャラクターを星野源さんが声優を演じたからこそ、親しみすら感じる人間らしさが出たのではないでしょうか。『四畳半神話大系』同様、めんどくさいけど憎めない、考えすぎなんだけど間の抜けている見事な主人公でした。20歳を超えた本物の童貞ってただのめんどくさい人がほとんどですが、その点、アニメーションは実際の年齢と見かけを変えられるので、利点があるなと思います。今の星野さんは、この手のキャラクターを演じさせたら最高ですね。

 改めて考えてみると、「先輩」のような文化系男子が映画の主人公になっているのがすごいことです。80年代の映画だったら、メガネ男子は主人公のサポート役がいいところで、主人公になるようなことはなかったので。一見、何もしていない男が主役になりえているのも、彼が抱える心の中のモヤモヤと妄想が“アクション”として描かれているからです。

 精神世界の内々へ深く沈んでいく描写は、『エヴァンゲリオン』以降、一種の流行となった時期がありました。だけど、湯浅監督の精神世界は世界を壊すためではなく、繋がるために内々に向かいます。そして描き方が陽気なんです。とにかく観ていて楽しい。僕は劇場で何度も足踏みをしてしまいました。妄想が得意な男が主役になりえたのは、人の精神という実態のない世界を、ここまでポップに仕上げることができた湯浅監督の手腕の賜物だと思います。

 湯浅監督は、『Kick-Heart』でも、プロレスを題材としながら、肉体的な対決シーンは描くことはせず、あくまでキャラクターの脳内、心の中を面白くおかしく見せていた。『ピンポン THE ANIMATION』も卓球の戦いを描くというよりも、キャラクターが何を考えて戦っているかという内面を描いていたものでした。そういう意味では、湯浅監督は「心の中」を描くことをずっと続けてきた監督と言っていいと思います。でも、湯浅監督の不思議なところは、精神世界の話なのに、それが殻に閉じこもるようなものではない。どこか開けているというか、むしろすごく明るい。

 森見登美彦さんの2作品を映像化した湯浅監督ですが、個人的に期待するのは村上龍さんの作品。きっと相性がいいはずです。『ケモノヅメ』に代表されるように、湯浅監督はバイオレンス描写も非常にうまい。そういう意味で制作中の『デビルマン』も楽しみですが、村上さんの『イン ザ・ミソスープ』や『共生虫』といった心の中と暴力が大事な要素となっている作品を、是非アニメーション化してほしいです。

 湯浅監督は『マインド・ゲーム』のときから、あるいはそれより前から“天才”と言われていました。僕は湯浅監督は『君の名は。』のような歴史に残るヒット作を目指すような人ではないと思います。プロデューサーなどに“売れる”ための仕掛けを用意されたとしても、拒否するんじゃないかなと。その代わり、何年経っても愛され続け、世界規模で誰かの心に強烈に残るような作品を選ぶんじゃないかな、と。例えば『マインド・ゲーム』が新作として今公開されたとしても、違和感がないと思います。それくらい古びないんです、湯浅監督のアニメーションは。

 また、湯浅監督のキャリアを振り返ると、どんな画でも動かしてアニメーションにしてしまうのが特徴です。『四畳半神話大系』に続き、中村佑介さんのイラストを何の違和感もなく動かしていることは凄いことだと思うんですが、それを観客に気付かせないことがめちゃくちゃ凄い(笑)。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのジャケット写真に象徴的なように、真正面や横顔の美しいイラストとして完成されている画なので、非常に動かしにくいはず。でも、『四畳半』のときから動いているものがとても自然に見える。また『ピンポン』の松本大洋さんの画を動かしたのにもびっくりしました。マイケル・アリアス監督によって映画化された『鉄コン筋クリート』では、アニメーション向きにある種のデフォルメがされていたのが、湯浅監督の『ピンポン』では漫画に色を付けてそのまま動かすかのような試みがされていました。『マインド・ゲーム』のロビン西さんの独特の画と構図が、ある意味、漫画以上に大胆に演出されていました。湯浅監督なら、どんな画でも動かせてしまうんじゃないですか。だから絵のテイストが全く違う『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』『マインド・ゲーム』『ピンポン』『夜は短し』といった作品なのに、動いている映像を観ると「湯浅監督だ」と気づけるんです。

 細田守監督や、新海誠監督がヒット作を生み出すと、途端に「ポスト宮駿」の肩書をメディアは付けたがりましたけど、湯浅監督は絶対にそうは呼ばれないと思います(笑)。どちらかと言えば「ポスト押井守」でしょうか。でも、押井監督と作風が似ているという意味ではありません。世界中が「なんじゃこりゃ!」と驚くようなカルチャーショックを与えてくれて、何ものにも似ていない作品を作ってしまう存在という意味で、です。(松江哲明)