歌手に俳優、文筆家としてマルチに活躍する星野源が第9回伊丹十三賞を受賞し、東京・六本木の国際文化会館で行われた贈呈式に出席した。

 この賞は、さまざまな分野で才能を発揮した故・伊丹十三さんの偉業を記念して創設された賞で、星野の受賞理由は「音楽、エッセイ、演技のジャンルを横断し、どこか息の詰まる時代に、エンターテイナーとして驚くような風穴をあけてしまった星野的表現世界に」というもの。

 名前を呼ばれ登場した星野はそのまま用意されたイスに座るのかと思ったが、「今、お水を持って来ていただいておりますので、少々お待ちください(笑)。のどがカラカラでございます(笑)。少々お待ちください、もうちょっとお待ちください」 と、水が届くまで間をつなぎ、コップの水を一気に飲み干した。

 これで会場の雰囲気が優しい空気に変わったことは言うまでもないが、憧れの人(伊丹十三氏)の賞とあって「胸のうちから感動していて、嬉しすぎて今日はあまり寝られないと思います」と挨拶。

 だが、その後は星野の独壇場となった。 受賞スピーチが素晴らしかったのだ。

「中学1年生の頃から演劇と音楽を始め、高校から文章を書ける人間になりたいと、それぞれ勝手に活動を始めました。それがだんだん仕事になりました。

そのなかで、芝居の現場に行くと『音楽の人でしょう』と言われ、音楽の現場に行くと『芝居の人でしょう』と言われて、どの現場にいてもあぶれてしまう感覚というか、自分のなかで居場所がないと思っていました。

 そしてどこへ行っても『1つに絞らないの?』『何が一番やりたいの?』って言われて、なんだかすごく寂しい思いをしていました」

 と苦悩していた頃を告白した。
 この発言には、大活躍している人の自慢の裏返し? と感じる人も多いはず。だって、歌が売れ、ドラマもヒットし、紅白歌合戦にまで出場し、さらに書いた著書は話題になる。1つだけではない、マルチの才能を発揮していて、羨ましさこそあれ、悩んでいるとはとても思えない。

 しかし星野は続ける。

「そんななか、伊丹さんのマルチな才能を知り、本当に好きなら、面白いと思ったなら、何をやってもいいんだと思うようになりました。もちろん適当にやっていたらダメだと思います」

 伊丹氏を憧れの存在に思う星野は「ずっと灯台のような灯りを照らしてくれるのに、どうしてもたどり着けない。大きな海が僕の島と伊丹さんの島の間に流れていて、それを追いかけようとした時期もありましたが、そうではなく伊丹さんに『君の居場所を作れ』と言われている感覚がありました」と伊丹氏への思いを続ける。

「20代後半から、とにかく好きなことをやろう。一人前になりたいという気持ちで、どんな仕事もやっていたら、こんなに素晴らしい賞をいただけた。伊丹さんに『それが君の居場所だよ』と言われている気がして、すごく嬉しかったです」

 才能があるがゆえに、何でもやれるがゆえに、悩んだ星野の悩みなのだろう。

 逆に言えば、好きなことをやり続ける大切さも大事、ということを教えられたような気がする。そんなこともあってか、星野の話に会場はしんとなり、誰もが聞き入ってしまった。

 そうした空気を感じたのか、「めっちゃスピーチ、長いですよね。5分から7分と言われていましたが、長々とすいません。嬉しすぎて今日はあまり寝られないと思います」と締めくくった。

 この締めで会場は一気に和んだが、スピーチ時間はなんと、12分30秒にも及んだ。その後、 伊丹さんの妻、宮本信子が最後の挨拶にたった。マイクの前に立ち一言。

「今度デート行きましょうね」

 若き、悩める才能あふれる青年の将来を期待した言葉だ。星野は、その言葉に、しっかり頷いていた。

(写真・文/芸能レポーター川内天子)