中国・北京で行われた2009-10NBAプレシーズンゲーム、デンバー・ナゲッツ対インディアナ・ペイサーズ。試合を観戦するインディアナ・ペイサーズのラリー・バード球団社長(2009年10月11日撮影、資料写真)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】米プロバスケットボール協会(NBA)の元名選手で、1992年バルセロナ五輪の『ドリームチーム』メンバーとして知られるラリー・バード(Larry Bird)氏が、インディアナ・ペイサーズ(Indiana Pacers)の球団社長を退任することになった。米メディアが28日に報じている。

 現役を引退してから故郷の米インディアナ(Indiana)州のチームで20年間を過ごしたバード氏は、今後はペイサーズの顧問として球団に残る。後任には、2012年6月からゼネラル・マネジャー(GM)を務めていたケビン・プリチャード(Kevin Pritchard)氏が就任する。

 1979年から1992年までの現役時代、ボストン・セルティックス(Boston Celtics)一筋でプレーしてきたバード氏は、NBAファイナルを3度制覇したほか、3度のレギュラーシーズン最優秀選手(MVP)と2度のファイナルMVPに輝いている。

 インディアナ州の小さな町に生まれ、「フレンチリックの田舎者」というニックネームを持つバード氏は、初めてNBA選手の出場が認められたバルセロナ五輪で、マジック・ジョンソン(Michael Jordan)氏やマイケル・ジョーダン(Magic Johnson)氏らとともに象徴的存在として米国に金メダルをもたらし、バスケットボールをグローバルスポーツに押し上げた。

 1998年にバスケットボールの殿堂(Basketball Hall of Fame)入りを果たしたバード氏は、ペイサーズのヘッドコーチ(HC)に就任した1997年から3シーズン指揮を執った。

 バード氏の指揮の下、ペイサーズは1997-98シーズンのイースタンカンファレンス決勝でジョーダンを擁するシカゴ・ブルズ(Chicago Bulls)に敗れると、1998-99シーズンもニューヨーク・ニックス(New York Knicks)の前に同カンファレンス決勝で敗退。1999-2000シーズンのファイナルでは、シャキール・オニール(Shaquille O'Neal)とコービー・ブライアント(Kobe Bryant)を擁するロサンゼルス・レイカーズ(Los Angeles Lakers)の圧倒的な力に屈した。

 1998年には元MVPとして初めて最優秀コーチに選出されたバード氏は、バスケットボール運営責任者として2003年にペイサーズに復帰。プレーオフでマイアミ・ヒート(Miami Heat)に敗れた2011-12シーズンには最優秀エグゼクティブを受賞したものの、健康問題を理由に同職を退任した。

 ペイサーズがイースタンカンファレンス決勝でヒートに敗れた翌シーズン終了後の2013年、バード氏は同職に復帰したが、レブロン・ジェームズ(LeBron James)がけん引するヒートの前に、チームはまたもやイースタンカンファレンス決勝で涙をのんだ。

 ペイサーズは2014-15シーズンにプレーオフ出場を逃したあと、昨季はトロント・ラプターズ(Toronto Raptors)に敗れ、通算42勝40敗の今季はレブロン擁するクリーブランド・キャバリアーズ(Cleveland Cavaliers)にスイープされるなど、2シーズン連続でプレーオフ1回戦敗退となってしまった。ここ3シーズンの通算成績は125勝121敗となっている。

 現在60歳のバード氏はこの日、ニューヨーク(New York)でインディカーに乗ってファンに別れを告げると同時に、5番街にあるNBA事務局に対してペイサーズの2021年オールスターゲーム(NBA All-Star Game)招致をアピールした。

 バード氏は「ニューヨークならではだ」とすると、「人は人生を歩み、何か特別なことを求めながら成長していく。これは本当に特別なことだ。楽しんだよ。こうしてニューヨークにいて、さらに特別なものになった」と語った。
【翻訳編集】AFPBB News