「旭日旗」や「俺軍エンブレム」が悪だとは言わないが、サッカーの応援としてOKかどうかで言えば違うと思う件。
ダメだ、旭日旗持ってなかった!

日本とサッカーを愛するみなさん、こんにちは。この暖かな春の日に、僕はひとつの計画を抱いていました。「旭日旗を持ってスタジアムへ行って物議を醸そう大作戦」です。手近なところのスタジアムをハシゴしながら、それぞれのクラブのユニフォームに身を包み(ホーム&アウェー)、それぞれのスタンドで旭日旗を掲げては、相手方のユニフォームに着替えてから大声で「何だ今の旗は!」とわめき始めるというものです。

これでゴールデンウィークのまとめサイトの話題を独占だ…と思ったものの、妄想から現実へと計画を移行しようとすると「スキンヘッドの人(※ガンバ大阪サポーターの一般的なイメージ)に殴られそう」という恐怖でなかなか実行に踏み切れません。Jリーグにおいては旭日旗は政治的・差別的なものではないということはチェアマン保証も得られているので、怒られることは絶対にないと思うのですが、怒られないというだけで「楽しくもない」予感がビンビンしてきます。

そもそも、我が家には旭日旗がありませんでした。もしかして傘とかマフラーと同じ感覚で大抵のご家庭には旭日旗があるのかもしれませんが、ウチにはなかった。そしてドコに売っているのかもよくわからない。ドン・キホーテか東急ハンズなんだろうなとは思うのですが、行ったけど売ってなかったりしたらバカバカしい。楽しくないし、面倒臭い。こうして僕は有名サポーターになる道を断念したのです。

↓川崎なら旭日旗を掲げても大丈夫だとは思うが…!


むしろ川崎なら売店で旭日旗売ってるくらいのフットワークの軽さがあるかも…!

旭日旗プリントバナナとか、もっと攻めてる発想もあるかも…!

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モノとしての旭日旗は全然ダメじゃないと思うのです。デザインもまぁ景気がよくて勇ましい。現在でも普通に使われているものですし、そこに政治的な意図や差別的な意図をこめるものでもない。お日様のマークです。その意味で、それを掲げてもまったく問題はないはずですし、それを理由に出入り口を封鎖されたり、怒鳴り込まれる筋合いはない。

「相手が差別と思ったら差別」という昨今の風潮は危険だと思います。悪意を持って際限なく何もかもを差別的と認定することもできてしまう。「ドーナツは我々の中身がカラッポだと揶揄する差別的な食品だ」みたいな難癖で、ミスタードーナツの前で騒ぐというアクションを粘り強くつづけたら、ドーナツだってそういうものに見えてくるかもしれない。

「ミスタードーナツは男性優位社会の象徴」「ミスター&ミスドーナツにすべき」「いや、その案は性の不一致に苦しむ我々を無視するものだ」「ミスとかミスターとかそういう区別そのものが差別的」「店名はシンプルに『ドーナツ』とすべき」…モノは言いようで声のデカさが勝負の分け目という現代。バナナだって見せる相手によっては激怒するのですから、ドーナツが絶対に大丈夫とは限らない。そうやって世界はドンドン息苦しくなっていきます。

ただ、一方で「ココでそれはやるなや」というモノがあるのも事実。たとえばウンチ。ウンチは全人類が共通で行なう合法的な行為ですが、「ココでそれはやるなや」が多い行為でもあります。電車のなかでおもむろに始めたり、レストランでちょっと失礼してテーブルの下で始めたり、会議で出席者に配ったりはしません。差別的とか政治的とかに限らず、モノとしてOKなのと、あらゆる場所でOKなのとは違う。

「そこは何をする場所なのか」

違法・不法・差別的・悪であるかどうかという線引きと、OKかどうかという線引きの間には若干の隔たりがあるはずです。ウンチなどは悪かどうかで言えば悪ではないが、悪のラインとOKのラインの間には極めて大きな乖離があるモノでしょう。極端な話、我が家のトイレでは「僕以外のウンチはNG」というホームルールを設けたいくらい。

我が家のトイレは「僕がウンチをするための場所」であり、他人にはさせたくない。友だちが遊びにきてしたからといってそれを責めはしませんが、心のなかでは「ウチでウンチすんなや…」と苦々しく思い、万一トイレの出入り口が開いていたら怒りの封鎖に向かう…そういった行為である。それが悪のラインとOKのラインの差だと思うのです。

サッカースタジアムとは何をする場所なのか、その本来の主旨に立ち返ったうえで、何がOKなのかを考えていくことが肝要でしょう。いろいろな考え方があるのかもしれませんが、僕は「サッカースタジアムとは、サッカーというエンタテインメントを楽しむ場」だという意見に与したい。「サッカーは戦争だ」という考えをお持ちの方とは正反対というか、できるだけ距離を置きたい。

むしろ有史以来ご近所戦争でドンパチやってる連中こそが、「戦争はマジでキツイっすね…」という痛みを抱えながら、代わりにサッカーをやってるんじゃないのかと思えば、リアルな戦いとはなるべく縁遠い場所でありたい。モノとしてOKだったり、デザインとしてOKであっても、そぐわないものはあるでしょう。結婚式に黒いネクタイはしないし、葬式にダンディ坂野のスーツは着ていかない。悪のラインとOKのラインは違う。「それ戦争っぽいですね…」はエンタテインメントの場においては、OKラインではないと僕は思います。

どうも世間には、そのあたりで意見の違う人が多いのかなとも感じます。ナチスの旗に似たようなデザインを使用して問題になったケースなどを見ても思いますが、ちょいちょい「戦争っぽいもの」を入れたがる人がいる。それがカッコいいと思っているのか、そうすることで自己主張をしているのか、リアルファイトの代替行為として吹き上がっているのかはよくわかりませんが、そういうことをする人がわりといる。

もしかしたら、そういう人は「応援」や「観戦」をしたいわけではないのかもしれません。応援や観戦ではなく、サッカーなどに乗っかる形で、自分が勝ち誇りたいだけなのかもしれない。「俺のチームが勝った=俺が勝った」と言いたいだけであれば、そこに自分なりの戦争を見出して、「俺軍」のエンブレムとかを掲げたりもするのかなと。

僕の感覚では、誰かを応援するときに「俺軍の名前」「俺軍のエンブレム」「俺軍の主張」を掲げる行為がまったく理解できないのです。そして「俺軍のオリジナルユニフォーム」を作って着てきたり、「俺軍のオリジナルキャップ」を作って被ったりする行為がまったく理解できないのです。

だって、応援でしょう。応援する選手の名前だったり、応援するクラブの名前だったり、彼らに対する「頑張れ」などの激励だったりを掲げるのが普通じゃないですか。「俺たちのサポーターチームの名前を見たらいいプレーができるはずだ」という考えが、どこをどうひねったら生まれるのかまったくわかりません。同様に「相手を貶める」ようなメッセージなども、正しい応援ではないでしょう。「相手が弱くなれば自分のところが勝つ」という考え方はあるのでしょうが、決していい方法とは言えない。「相手の全力を上回って、自分のところが勝つ」へ後押しするのがイイ応援だと僕は思います。

何もかもをダメと言うつもりは毛頭ないけれど、「それはどうぞほかの場所でおやりください」はある。

何か応援するときに一体感を生むためのシンボルが欲しいのであれば、クラブチームであればそのクラブのエンブレムであったり、国の代表であれば国旗であったり、誰しもが了解できるシンボルがすでにあるはずです。自分好みで好きなエンブレムを持ち出したり、ましてや「俺軍」のエンブレムを掲げる必要などない。僕が見たいのは試合だったり選手だったりであり、応援している風の人の自己主張ではないのです。どうぞそれはご自宅でおやりください。ご自宅のOKラインは、あなたが決めて構いませんので。



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チェ・ゲバラを掲げてる人は、チェ・ゲバラを応援してるんですかね?