第4戦・ロシアGPを前に、F1チームの代表者たちが集うF1ストラテジーグループ及びF1委員会で「ホンダ救済策」が話し合われる──という見出しがレース専門サイトに踊った。

 もしそれが事実ならば、技術者としてこれほど屈辱的なことはない。敗者の烙印を押されるどころか、勝者のお情けで施しまで受けようというのだから。


ロシアGP前に報じられた「ホンダ救済策」の真偽とは? しかし、4月25日にパリで行なわれたその会合で、ホンダ救済策なるものは議題に上がることすらなかった。

「実際にはそんなことは全然、議論されませんでした」

 その場に出席していたホンダの長谷川祐介F1総責任者は語る。

 報じられた記事を丁寧に読めば、FIA(国際自動車連盟)がパワーユニットの性能差をラップタイムにして0.3秒以内にしたいと考えていることと、それを受けてマクラーレンもしくはホンダの当事者がホンダ救済策を提案する可能性がある、ということが報じられていたに過ぎなかった。

 そもそもFIAの方針というのは、性能差が0.3秒以上あった場合には後発メーカーの挽回を難しくしているレギュレーションの規制を緩和するというもので、能動的にいちメーカーの性能向上の手助けをするといったものではなかった。

「昨年の時点で話し合われていたのは、(性能差が縮まるように)今のパワーユニットレギュレーションを2020年まではフィックスしましょうということと、今年に入ってもパワーユニット性能にあまりに差があるようだったらそのレギュレーションを見直しますよ、ということだったんです。

 たとえばトークンフリーにするとか、使用基数制限を緩和するとかいったことで、救済策ではありません。実際にはその性能差の判断基準も曖昧なままで結論は出ていませんし、(4月25日の)ミーティングでそういった話も議題には上がりませんでしたけどね」

 そして、少なくともホンダとしてそのような要請をすることはあり得ないと、長谷川総責任者は断言した。

「もちろん我々からはリクエストしていませんし、リクエストすることもありません。たとえば、新規参戦メーカーにとってこれは厳しすぎるなど、正当な理由でレギュレーションを変更することはあるかもしれません。ただ、アンフェアにウチのためだけに何かをしてくれというようなことは、あってはならないと思っています」

 ただし、パワーユニットメーカーとしてこのような見方、報道がなされてしまうような状況自体を「そりゃ、ものすごく恥ずかしいですよ」と長谷川総責任者は率直に認める。

 パワーユニットの出力という点で、ホンダが他社に大きく後れを取っているのは明らかな事実だ。

「メルセデスAMGは昨年から20馬力近く出力を向上させてきた。フェラーリは昨年末の時点でメルセデスAMGに10〜15馬力ほどの差をつけられていたが、メルセデスAMGから多くのエンジニアを引き抜いてきたこともあり、今年はほぼメルセデスAMGと肩を並べている。ルノーとフェラーリの差は昨年末の時点で30馬力ほどで、ホンダはそこからさらに20〜30馬力差だった」

 あるパワーユニット関係者はこう説明する。つまり、概算で現在のメルセデスAMGとホンダの間には70〜80馬力ほどの差があることになる。

 フェラーリのカスタマーパワーユニットを使うロマン・グロージャンは「いまやパワーユニットは性能差がほとんどない。差を生み出すようなコンポーネントではなくなったんだ」と語ったが、メルセデスAMGのカスタマーであるセルジオ・ペレスも同様の見方だ。そのなかでホンダだけが大きく後れを取っているからこそ、ドライバーたちがコクピットで強い不満を感じるのもある意味では仕方のないことだろう。

 問題は、ホンダが今季型パワーユニットの開発をスムーズに進められなかったことだ。新たな燃焼の方式を導入したICE(内燃機関エンジン)の熟成不足が主たる原因である。

「単気筒のベンチテストでは目標の性能を達成できました。『単気筒でこれだけ出れば、計算上はV6ではこれだけ出るはずだ』という数値があるわけですが、V6にしてみたらそれが出なかった。それが昨年末のことで、そこからはもう時間切れで、その未成熟なものをまず開幕に投入せざるを得ませんでした」(長谷川総責任者)

 単気筒で目標値を達成した時点で「(V6でも)想定どおりの目標値が達成できると思ったのは事実だ」と語ったのが、「開発を簡単に考えすぎていた」というニュアンスで報じられもしたが、つまり、今のRA617Hは開発途上のものでしかない。現状では昨年型より少し劣る出力しか出せていない理由はそこにある。

 今後のICEのアップデートでいかにV6としての燃焼を改善し、出力を増すかというのがカギになるが、その方向性は見えつつあるという。

「ベンチ上ではけっこう(成果が)見えているタマが出てきているので、近いうちに実戦投入できればと思っていますし、準備が出来次第、投入したいと思っていますが、次のレースということではありません」(長谷川総責任者)

 そうなるとICEのアップデートは第6戦・モナコGPか第7戦・カナダGPが当面の目標となるが、このアップデートでいきなりライバルとの差を縮めることは難しく、あるチーム関係者は「最初のアップデートでは昨年型を少し上回る程度まで挽回するのがせいぜいではないか」と見ている。つまり、メルセデスAMGとはまだ60馬力程度の差が残るというわけだ。

 それでも、一部で報じられたようにメルセデスAMGにコンサルティングを依頼するというウワサに関しては、「それはないですね。仮定の話に対して何も言うこともありません」と長谷川総責任者は全面否定した。

 昨年、長谷川体制に移行してからというもの、ホンダは積極的に外部のエンジニアのリクルートに乗り出し、ホンダのF1研究開発施設がある英国ミルトンキーンズでは、メルセデスAMGなどから移籍を希望するエンジニアの面接も頻繁に行なわれている。栃木県のHRD Sakuraでの常駐勤務が難しければ、3ヵ月といったような短い期間での勤務や、ミルトンキーンズでのコンサルタント的立場での関わりといった方法も採られている。

 また、若手エンジニア育成ばかりがフィーチャーされがちだが、実際には量産部門も含めて経験豊富な技術者をなかば強引にF1開発部門に引き抜いたりもしている。

「レースにかける情熱が足りないのではないか」「サラリーマン的なスタンスでやっているからダメなんじゃないか」という声も世間からは聞こえてくるが、それを問うと、彼らを統括する長谷川はそれを真っ向から否定した。

「楽観的だったり、イージーな気分でやっている人間なんてひとりもいませんよ。それは間違いありません。知見が足りないとか、経験が足りないとか、それはずっとF1で何十年も飯を食っている(欧州メーカーの)人間と比べて差があることは事実かもしれません。ただ、みんな必死でやっています。(トップのメーカーに)しっかりと追いついて、自分たちだってできるんだということをキチッと示さないといけないと思っています」

 もちろん、中には「現場の厳しさや空気をわかっていない人間もいる」という声もチーム関係者からは聞こえてくる。大企業ゆえの、チャレンジ精神の欠乏や危機感の欠如もある。こうした組織に活を入れるために、これからさらなる組織強化も計画されているという。

 シーズン序盤戦のホンダは、未成熟な状態のRA617Hで戦わざるを得なかった。そして第3戦・バーレーンGPではMGU-H(※)のベアリングにトラブルが頻発し、その原因と究明されたオイル流路の改善を施した改良型をロシアGPに持ち込んできたが、それは信頼性を取り戻したに過ぎず、ICEが同じものである以上、性能が上向くようなことではない。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 この現状は、これまでに述べてきたように惨憺(さんたん)たるものだ。

 しかし、開発途上だからこそ可能性もまだまだある。今のRA617Hだけを見てダメだと決めつけたり、救済策うんぬんなどと騒ぎ立てるのは時期尚早だろう。もっと長い目で見るべきかもしれない。

 だが、長谷川総責任者自身がそれでいいなどとは、まったく思ってはいない。

「いつも言っているようにレースは結果がすべてですから、今のホンダではダメです。なんとかしないといけないんです。この状態で『ホンダに可能性がある』『ホンダはよくやっている』なんて言われたいとは思っていません。もちろん、これから開発を進めていけば伸びるポテンシャルはあると思っていますから、なんとしてでも、石にかじりついてでもしっかりと結果を出します」

 レースは結果がすべて──。余りある屈辱は、結果で晴らすしかないのだ。

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