Doughnuts Hole「おとなの掟」

 前クールで好評を集めた、TBS系ドラマ『カルテット』主題歌「おとなの掟」。ドラマ人気も相まって楽曲配信も好調だ。作詞曲は椎名林檎
。楽曲を聴いてすぐに彼女が作曲していることが分かる。彼女のセンスが良く表されている。ドラムを使わずにピアノとストリングス、パーカッションでリズムを構成しているため、シックな雰囲気を与えている。

 同ドラマの物語と同様にこの曲に1つの謎があった。“流し”て聴いていると、歌声について「あれ、椎名林檎本人が歌っている?」という錯覚になったからだ。歌っているのは、松たか子・満島ひかり・松田龍平・高橋一生の4人(特にメインボーカルは松と満島で、ユニット名はDoughnuts Hole)のはずなのだが、なぜだろうか。

 その答えを導くために仮説を立てる。1つ目は「そもそも声質が似ている」。これについてはすぐ却下できる。椎名・松・満島はそれぞれ歌手活動をしているが、その時にはそれぞれのキャラクターについて特別な困難もなく区別できる。

 2つ目は「歌い方が似ているから」。その可能性は高い。もしかしたら「椎名の直接的な指導が入っている?」、「椎名が歌っているデモ音源が存在していて、それを2人が参考にしている?」なども考えられるだろう。これらは否定しがたいものの、前記の通り「“流し”て聴いていた時」にその雰囲気が似ているのであって「歌唱法」という事でもない気もする。

 ならば、「どうすれば椎名っぽくない声になるのか?」という逆説的なアプローチで考えてみたらどうだろうか。そこで例に出したいのが、宇多田ヒカルの『Fantome』(※「Fantome」の「o」はサーカムフレックス付きが正式表記)で、椎名が客演した「二時間だけのバカンス」だ。2人のコラボレーションが実現した、画期的な楽曲である。素晴らしい内容ながら、これを聴いた時に「椎名の声だとわかるけど、彼女っぽくない雰囲気だな」という違和感を持ったのだった。これはなぜだろう。

 「二時間だけのバカンス」は、「宇多田の作品に椎名が参加したもの」である。つまり、ここに収められているのは「宇多田の方法論で録音された、椎名の声」だということになる。方法論とは色々な要因が考えられるが、この場では「声のレコーディング方法(機材や技師や環境など、歌の録り方)」としたい。とすると、「椎名らしい声」の要因は、彼女の声や歌唱というよりも、録音の仕方なのではないかと考えられないだろうか。椎名本人が歌っているのにも関わらず、違和感を感じた理由はここにあるのではないか。

 一方「おとなの掟」はクレジットによると、ピアノ・ヒイズミマサユ機、ストリングス・斎藤ネコカルテット、midi・井上雨迩、と普段、椎名がチームを組んでいるアーティスト達が関わっている。そして、その他全ての環境が椎名のプロデュース下にあるとすれば、この楽曲に収録されている声は「椎名の作品に松と満島が参加したもの」となる。ゆえに、これは「椎名の方法論で録音された、松と満島の声」だったと言えるのではないだろうか。

 よって、プロデュースする側の環境下で、歌唱する者の声質は変わるということに行き着く。そう考えた時に、改めてプロデューサーという存在の大きさ、重要性を感じた。(文=小池直也)