仏北部エナンボーモンで大統領選の第1回投票後に演説をする、極右政党「国民戦線(FN)」のマリーヌ・ルペン党首(2017年4月23日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】2002年のフランス大統領選。極右政党「国民戦線(FN)」の創設者で初代党首のジャンマリ・ルペン(Jean-Marie Le Pen)氏が決選投票へ進んだとき、娘のマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)氏は歓喜の涙を流した。

 結局、父親は敗れたが、15年後の今、党首を引き継いだカリスマ性のある娘は、フランス初の女性大統領、そしてFN初の大統領を目指している。

 4月23日の第1回投票では中道系独立候補のエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)前経済相が得票率24.01%でトップに立ち、ルペン氏が同21.3%でこれに続いた。2人は、5月7日の決選投票で対決する。

■原動力は「怒り」の機運

 ルペン氏がこの6年間、イメージ一新に取り組んできた「愛国主義者の党」は、反グローバリゼーションや反エスタブリッシュメント(既存支配層)といった人々の怒りの原動力に押されて勢力を拡大してきた。英国の国民投票での欧州連合(EU)離脱派の勝利や、米大統領選でのドナルド・トランプ(Donald Trump)氏の勝利を後押ししたのと同じ怒りだ。

 ルペン氏は、EUは「崩壊する」と予測し、フランスをユーロ圏から脱退させ、EUからの離脱についても国民投票を行うと公約している。

 だがこの公約は不安を呼んでいる。大半の世論調査で、フランス国民は経済的な混乱を恐れ、EUからのフランスの離脱「フレグジット」や通貨フランの復活に反対している。ルペン氏はそのリスクを重要視せず、懐疑的な対立候補やエコノミストたちがデマを流していると非難している。

 一方で彼女は、反移民や反イスラム原理主義といったFNの従来の主張を固持してきた。フランスでは2015年以来、イスラム過激派による攻撃が相次ぎ、計239人が犠牲になっており、大統領選の一大争点になっている。今回の第1回投票の3日前にも、首都パリ(Paris)のシャンゼリゼ(Champs Elysees)通りで警官が射殺される襲撃事件が起きたばかりだ。

 ルペン氏は2011年にFNの党首に就任すると党のイメージ浄化に乗り出し、2014年の欧州議会選挙で同党を勝利に導いた。また2012年に行われた前回の仏大統領選では、ルペン氏は得票率18%足らずで3位に終わった。

 そんな中、今年の大統領選でルペン氏はFNの原点に立ち返った。第2次世界大戦(World War II)中、ナチス・ドイツ(Nazi)占領下のビシー(Vichy)政権の時代に仏警察がユダヤ人1万3000人以上を一斉検挙した事件について、ルペン氏はフランスに責任はなかったとの見解を示した。

 彼女の発言は、父親の歴史修正主義と比較された。父親のジャンマリ・ルペン氏はホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大量虐殺)を「歴史的にささいなこと」だと発言し、党首となったわが子から2015年に党除名処分を受けた。傷心した同氏は素直に受け入れず、FNとの法廷闘争にまで発展した。

■家族との葛藤

 ルペン氏にとっては、父親との決別が政治家としてのキャリアにおける転機となった。

 波乱の幼少期を過ごした彼女は、こわもての仮面をかぶるようになっていた。8歳のとき、家族で住んでいたパリのアパートが爆破され、住民6人が軽傷を負ったが、ルペン一家はかろうじて被害を免れた。

 それから8年後、母親が父親と娘3人を置いて家を出て行った。母親はその後間もなく、米誌「プレイボーイ(Playboy)」にヌード姿で登場した。ルペン氏はこのことについて「とてもショックだった」と、昨年フランスのテレビ局のインタビューで語った。母親とは15年間会っていない。

 2度の離婚を経験し、3人の子どもの母親となったルペン氏は今、私生活を表に出さず、パートナーでFNの副党首でもあるルイ・アリオ(Louis Aliot)氏とカップルとして姿を現すこともほとんどない。

 くぐもった声で鋭い批判を飛ばすルペン氏のキャリアのスタートは、退去処分に直面した不法移民を擁護する国選弁護士だった。だが今、ルペン氏はトランプ米大統領と同じように、国境を閉ざし「経済愛国主義」的な政策によってフランスの栄光を取り戻すと主張している。

 ユーロ圏だけでなく、EU内で旅券なしの越境を認めるシェンゲン(Schengen)圏からの脱退も望むルペン氏。雇用と公共住宅政策ではフランス第一主義を取り、フランス企業の国外工場で生産された製品には35%の課税を提唱している。
【翻訳編集】AFPBB News