「謙虚さ」が女性の成功を阻む5つの例

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先日、起床してからメールを読み始めた私は、リンクトインで自分が中傷されていることを知った。私の友人でフォーブスの寄稿者、ウィリアム・アルーダが書いた「仕事で成功する子どもを育てる7つの特性」を共有したときの私のコメントに対するものだった。

私が取り上げた特性は、リストの中で特に気に入った「謙虚さ」だった。この点に注目したのは、私が(元)セラピスト、そして現在は成功法のコーチ・研究者・ライターとして、子どもたちが強過ぎる権利意識や優越感を持つよう育てられながらも、本当の愛情や無条件の支援を得られていない現状を、毎日目にしているからだ。

こうした行動を取っていると真の意味での自己認識ができず、自尊心や自信を健全なレベルにとどめられなくなる。私たちの社会でナルシシズム(自己陶酔)が病的に浸透しているのもこのためだ。また、人を操ることが非常に得意な自己陶酔型の親に育てられた子どもが多く、ナルシシズムがさらに助長されている。

私の受けた中傷をここで一言一句繰り返すことは控えるが、一言で言えば、謙虚さが全くない私はその言葉の意味を理解しておらず、謙虚であることは良いことだなどと言う資格はない、というものだった。この男性はさらに、私にいかに謙虚さが足りないかを教えてあげようとも書きこんでいた。

このコメントを読んだ私はしばらく、ネット上で中傷・攻撃を受けるとどういう気持ちになるかなどについて考え込んだ。プロのライターになってからはこうしたことが定期的に起きており、賛否両論かつ感情的に白熱しやすいトピック(「フェミニズムとは何か」など)を扱った時は特に中傷を受ける。

だがそれ以上に深く考えたのが、謙虚さについてだ。謙虚さとは何か。なぜ女性に損害を与え、制約となるのか。

世界中の社会や文化で、女性はつつましく控えめであるべきで、高慢さや誇り、強い自己主張を持つとは絶対に見られてはいけないと教え込まれている。一方で男性は、これと同じ文化的メッセージを受けていない。

これはどのように女性の妨げとなっているのだろう? ここでは、「謙虚さ」が女性の前進を阻み萎縮させている例を5つ紹介する。

1. 自分を主張し、望むものを強く頑なに求めることで好感度が下がると考える女性が多い。

悲しいことに、この考えは正しいことが証明されている。さまざまな調査で、押しの強いはっきりとした女性は社会から罰せられること、女性に対する無意識レベルの偏見が広く共有されていることが分かっている。

2. 自分を優先したり、自分が望むものや値するものを要求したりすることに罪悪感を持つ女性が多い。

私は11年間かけて1万1000人を超える女性を指導してきたが、この種の「罪悪感」についてはほぼ毎日女性から耳にする。自分のニーズを優先する、あるいは家庭や結婚生活に問題や対立、妥協を生む可能性のある目標を追求することに、罪の意識を感じるのだ。

ここでの問題は、自分を優先した時に女性が持つ最初の感情が罪悪感であれば、女性が一歩前に踏み出し、望む成功を手に入れるのに必要な力・エネルギー・コミットメントを維持することが永遠に難しくなってしまうことにある。女性は成功を求めてはいけないと文化的に教え込まれてきたからだ。

3. 自分が出した成果を自慢していると思われる、またはそれについて話すと自分のイメージを損なうと信じる女性が多い。

ネット上での批判者が私の謙虚さ不足を指摘し恥をかかせようとしたように、自信のある女性や自分の貢献や成果について力強く話す女性は、いまだに横柄で傲慢、自慢げだと社会で認識されている。

私はこう問い掛けたい。自分の存在や達成したことを誇りに思ってはいけないのか? それとも自分には価値がなく、自分の才能は取るに足りないし世界で必要とされないと感じている方が良いのか? なぜそちらの方が好ましいのか?