「ブロックチェーンに「真の民主主義」を導入せよ──ビットコイン界の内乱に立ち向かう、ある起業家夫妻の挑戦」の写真・リンク付きの記事はこちら

一見すると、デジタル通貨・ビットコインはとても好調な1年を送っている。数年前の暴落後には低迷が続いていたが、最近は何度も最高値を更新し、1ビットコイン1,000ドルを優に超えている。しかし、その裏では内乱が勃発している。

ビットコインのネットワークに参加する企業やコーダーなどのコミュニティーは、2年以上の内紛を経て、いまにも本格的な反乱を起こそうとしている。簡単に説明すると、ビットコインのネットワークはデータの移動があまりに遅く、問題の解決方法について合意できずにいる。そして、力を増しているひとつのグループが「ハードフォーク」と呼ばれる事態を引き起こす可能性を示唆している。つまり、ビットコインを2つのデジタル通貨に分裂させる行動に踏み切る可能性がある、ということだ。

ブロックチェーンに潜む根本的な“欠陥”

この内紛が示唆しているのは、ビットコインだけでなく、その中核技術・ブロックチェーンを利用する多くのプロジェクトに根本的な欠陥があるという事実だ。ブロックチェーンは中枢を不要にするための技術で、政府や銀行、企業ではなく、ネットワーク上の多数のマシンによって、取引を安全に検証・記録できる。この壮大なアイデアによって金銭の取引が大幅に合理化され、ビジネスの意味まで変わる[日本語版記事]かもしれないと、シリコンヴァレーを中心に広く考えられている。しかし同時に、「分散」という概念は負担にもなっている。多くの参加者が合意し、技術に変更を加える効率的な方法が存在しないのだ。

ブロックチェーンを利用する有力プロジェクトである「Ethereum(イーサリアム)」は、2016年6月にコードのバグをハッキングされ、コミュニティーは最近、ハードフォークに踏み切った。イーサリアムにとっては最良の選択だった。そして現在、ビットコインも同様の難題に直面している。もし欠陥を放置すれば、デジタル通貨そのものが崩壊するかもしれない。

しかし、アーサー・ブライトマンとその妻キャスリーンは、この欠陥を取り除こうとしている。ブライトマン夫妻は新たなブロックチェーンを構築し、利害関係者が一種のオンライン投票システムによって技術を変更できる仕組みをつくろうとしているのだ。つまり、コミュニティーの意思によって進化するブロックチェーンである。

「意見の不一致に対処し、ものごとを建設的に進めるためのプロセスがあれば、ビットコインでしばしば見られる被害を防ぐことができます」とアーサー・ブライトマンは説明する。35歳の彼はフランス出身の金融トレーダー兼技術者で、モルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスといった大手金融機関で働いた経歴をもつ。「ビットコインが抱える最大のリスクは、コミュニティーの分裂です。もしそれが現実になれば、ネットワークにも害が及びます。われわれはこのような事態を避けようとしています」

ブライトマン夫妻のプロジェクトは、巨大な分散型システムを構築するためのよりよい方法になり、さらに新しいかたちのビジネスを生み出すかもしれない。ただしそれは同時に、こうしたプロジェクトの、さらに言えば、民主主義の基本的な性質について疑問を投げかけている。

新しい民主主義のかたち

シリコンヴァレーに拠点を置く起業家のブライトマン夫妻が構築したのは「Tezos」(テゾス)。自由な思想をもつ若い世代は、ブロックチェーンを使って新しいかたちの企業を目指す、理想主義的で、ときに奇妙な力強いコミュニティーをいくつかつくっているが、テゾスはそのひとつである。

ブライトマン夫妻は2014年、L・M・グッドマンという偽名を使って、このプロジェクトに関する論文を発表した。この偽名は、2014年にビットコインの作者を誤って報道[日本語版記事]した『Newsweek』の記者リア・グッドマンの名前からとったものだ。そして夫妻は現在、技術の公開に向けて準備を進めている。ビットコインが内紛のさなかにあるいま、この動きは新たな意味合いをもつ。

ビットコインのブロックチェーンでは、取引は「マイナー」(採掘者の意味)たちの巨大なネットワークによって処理・記録される。マイナーとは、コンピューターの演算能力を提供するユーザーのことだ。マイナーは報酬としてビットコインを受け取る。一方、テゾスの仕組みは異なる。世界中の人々にトークンを販売し、トークンの所有者が取引の処理・記録に協力するという仕組みだ。基本的には、システムが取引ごとに任意のトークン所有者に協力を求める。

さらに、トークン所有者はネットワークそのものの変更について、提案と投票を行う権利をもつ。所有するトークンの数が多いほど投票権も増える。つまり、トークン所有者がシステムを完全にコントロールするということだ。このようにテゾスでは、誰でも投票権をもつことができ、投票によって結果が決まるという意味での民主主義が機能する。長年ブロックチェーンを利用する人々のなかには、テゾスがブロックチェーンに根本的な変化をもたらし、壮大な理想が実現に近付くと期待する者もいる。

自身のヘッジファンド、ポリチェーン・キャピタルを通じてテゾスに出資しているオラフ・カールソン=ウィーは、「これは米国の民主主義制度のようなシステムです」と話す。「投票権があれば、たとえ支持する候補者が勝利しなくても、これが民主主義だと受け入れることができます。テゾスのネットワークに参加するということは、トークン所有者による民主的な投票が、プロトコルの方向性を決めることを受け入れることなのです」

ビットコインも民主的だと思う人もいるかもしれないが、実際には場当たり的な運営が行われている。参加者はコンピューターのソフトウェアを自分でアップグレードしなければならず、これが現在のような状況を生み出している。ネットワークをどのように進化させるべきかについて、オンラインとオフラインの両方で何カ月も議論しているという状況だ。テゾスはこうした内紛を解決するだけではない。投票システムによって、投票システムそのものを変えることもできるのだ。

「投票は統治の仕組みをもたらすだけではありません。統治システムそのものを含め、あらゆる部分を進化させることができます」とアーサー・ブライトマンは言う。彼はこの仕組みを憲法改正にたとえている。ビットコインの現状を考えると、説得力のあるアイデアだ。

勝負は始まったばかり

もしテゾスが成功すれば、巨大な波及効果が期待できる。テゾスはイーサリアムと同様、コンピューターコードで記述される契約「スマート・コントラクト」の実現を目的としている。

テゾスはこの流れを受け継ぎ、さらに拡大させる可能性を秘めている。ただし、ゼロから始めなければならないという問題もある。ビットコインやイーサリアムが勢いに乗るなか、テゾスはコーダーや企業に対し、まったく新しいブロックチェーンに乗り換えるよう求めているのだ。

しかも、どのような結末になるかは誰にもわからない。アーサー・ブライトマンは、ビットコインやイーサリアムはまだ規模が小さいが、今後、分散型ネットワークは大きく成長すると主張している。「どの業界と比較しても、彼らの資産規模は非常に小さく、プログラミング作業も多くありません。つまり、まだ勝負は始まったばかりということです」

テゾスは数週間のテストに入る予定だ。まず、デジタル通貨の新規株式公開(IPO)にあたるイニシャル・コイン・オファリング(ICO)[日本語版記事]を行い、ネットワークの運営に直接かかわることができるトークンを全世界に向けて販売する。ブロックチェーンの世界では、ICOはすでに一般的な慣行で、オンライン企業への出資、さらにはオンライン企業の運営の新たな手段となっている。トークンの所有者は運営権を手に入れることになるが、テゾスの場合は「本物の運営権」である。

民主主義は最善か?

ただし、ブライトマン夫妻とその理想主義は、現実の壁にぶつかる可能性もある。ビットコインのライヴァル「Zcash(ジーキャッシュ)」をつくったズーコ・ウィルコックスは、「テゾスは暗号化されてはいますが、それはプログラミング言語的な意味においてです」と指摘する。

この発言は、史上最大のクラウドファンディングプロジェクト「DAO」の一件を示唆している。DAOはイーサリアム上に、自動化されたヴェンチャーキャピタルをつくろうとしていたが、スマート・コントラクトのバグを攻撃されて5,000万ドルを盗み取られた。この大惨事が原因で、イーサリアムはハードフォークに踏み切った。ウィルコックスは、テゾスの未来についてこう問いかける。「アップグレードしたヴァージョンにバグがあったらどうなるでしょう? もし、その後のアップグレードに支障を来すようなバグだったら?」

アーサー・ブライトマンも、自身の民主主義が失敗に終わる可能性があることを認めている。しかし同時に、米国の現状を含め、すべての民主主義に失敗は付き物だとも指摘する。「民主主義が正しい選択をするとは限りません。民主主義は紛争を避けるための手段です」

もちろん、紛争を避ける方法はほかにもある。そしてオンライン時代、さらに言えばドナルド・トランプ大統領が就任して以来、民主主義が最善の方法かどうかは、問うに値する疑問だ。民衆は必ずしも正しい選択をするわけではないからだ。しかし少なくとも、民主主義は最終的に、悪より善を多くもたらすと期待されている。

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