27日、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」にも登録されている韓国の国宝「高麗八万大蔵経」がこのほど再公開されたことを受け、韓国・聯合ニュースが、この国宝と日本にまつわる「隠れた歴史」について報じた。写真は海印寺。

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2017年4月27日、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」にも登録されている韓国の国宝「高麗八万大蔵経」がこのほど、慶尚南道(キョンサンナムド)の古刹海印寺(ヘインサ)で再公開された。08年の国宝1号・崇礼門(スンネムン。南大門とも呼ばれる)焼失をきっかけに保安上の懸念が浮上、保管施設を閉鎖して以来8年ぶりの公開だ。これを受けて、韓国・聯合ニュースが、この国宝と日本にまつわる「隠れた歴史」について報じた。

八万大蔵経は、木版刷りした仏教聖典とその版木を指すもので、版木が全部で8万枚余りに上ることからこの名で呼ばれる。現在残るものが作られ始めたのは高麗・高宗時代の1236年、モンゴルの侵攻により従来の版木が焼失したことがきっかけだった。版木は身分もさまざまな高麗人延べ125万人もの手で一枚一枚彫られ、完成には15年の歳月を要したという。

その後800年近く、版木は主に海印寺で大切に保存されてきたが、記事によると、この文化財はこれまで何度も危機に陥っている。朝鮮王朝を開いた太祖が、1395年、日本が朝鮮人捕虜570人を戻した見返りとして印刷した経典を日本に贈ったことが始まりだった。記事は、「当初から大蔵経に執着をみせていた日本の度重なる求めに応じ、朝鮮側がたびたび経典を刷っては贈ることが150年以上繰り返された」とし、日本が当時珍しかった象と引き換えに版木を要求してきた歴史も紹介している。この時、朝鮮側は礼儀上、象を受け取ったものの、食費はかさむ上、高級官僚がこの象に踏まれ命を落とす騒ぎもあり、象は「まったく役に立たなかった」そうだ。

また朝鮮4代・世宗(セジョン)大王の時代には、日本からの使節団が土産物を手に訪れ版木を要求、断られると突然「断食」で抗議を始め、根気に負けた世宗があわや版木を差し出しそうになったこともあったとのこと。さらに記事は、琉球王国が海印寺に武装集団を送り版木の略奪を試みたことや、時代が下って日本の統治時代には、日本が有無を言わさず版木を持ち出そうとしたのに対し、僧侶らが自害し抵抗するなど文字通り命を懸けて版木を守ったことを伝えた。

この報道に、韓国のネットユーザーからは「八万大蔵経は世界の自慢だ」「どれだけ貴重で大事に守らなきゃいけない文化遺産かよく分かった」「歴史を知ってみると、今まできちんと保存されてきたことがむしろ奇跡と言えるね」など、国宝の価値を再認識したといった声が多く寄せられている。

一方で、これを何とか入手しようとしていた日本を批判する声も多い。「日本人はいいものを実によく見極めるもんだ」「日本人よ、とにかく僕らは君たちより上であり、父なる国だ」「日本の国宝を一度きちんと調べた方がいい。盗んだものがたくさんありそうだ」などのコメントのほか、慰安婦問題を引き合いに「100年後、今の歴史として『10億円でおばあさんたちがまた日本に売られた』と書かれるだろう」とする声もあった。(翻訳・編集/吉金)