今回はまず、今村雅弘復興大臣が自民党二階派のパーティーで「名誉挽回」のために行ったはずの講演によって辞職となった経緯を確認してみましょう。

 4月25日に開かれたパーティーは、東京電力福島第一原発事故を巡る度重なる失言で窮地に至っていた今村氏に名誉挽回のチャンスを与える「檜舞台」であったことが報じられています。

 発表されている演題は「荒海を航く! 強いニッポンを創ろう」というもので、約20分に及ぶ講演の冒頭、ビデオで確認してみましたが、今村氏が手にしている原稿にその表記があって、それを音読したのか、それともアドリブで話したのか、画面から定かに分かりませんでした。

 しかし何にしても、極めて明瞭に、ハッキリと「これがまだ東北で、あっちの方だったから良かったんですけども」と発言しています。

 その後マントルだ地殻だといったスタッフが作ったであろう、知ってる人は誰でも周知の、どうでもいい「メカニズム」の薀蓄が続き、このあたりで名誉挽回を図ったつもりなのでしょうが、それ以前に馬脚が露骨に現れてしまった。

 講演後の懇親会に駆けつけた安倍晋三首相が挨拶の冒頭で今村氏の発言に対して陳謝し、異例の展開にパーティー会場がフリーズした模様が伝えられています。

 そこで、新聞報道から、今村氏の当該発言を抜き出して整理、確認してみましょう。便利のため発言を小分けにし、A-Eのインデックスを振ってあります。

A「皆さんのおかげで東日本の復興も着々と進んでいる」(中略)

B「マグニチュード9.0と日本観測史上最大、津波も9メートル、死者行方不明計1万8478人、一瞬にして命を失われた」(中略)

C「社会資本の毀損も(中略)25兆円という数字もある」

D「これがまだ東北で、あっちの方だったから良かった。けど、これが本当、首都圏に近かったりすると、莫大な、甚大な被害があった」

E「復興予算が34兆円。おかげさまで道路や住宅の高台支援は着々と進んでいる。皆さんに厚くお礼を申し上げる」

(毎日新聞の報道をもとに引用・構成)

 連絡があったのでしょう、この現場に駆けつけた安倍首相は

 「安倍内閣の今村復興大臣の講演の中において、東北の方々を傷つける極めて不適切な発言があった。総理大臣としてお詫びをさせていただきたい」

 と述べて陳謝、即時の更迭となりました。

 ここで私はどうしても「東北の方々を傷つける」という部分が気になるのです。これは野党からの批判にも見て取れる特徴で、

 「1度ならず2度までも、被災者の方々を傷つける、心ない発言は、復興大臣としてふさわしくないか、国民も分かると思う」(民進党、福山哲郎幹事長代理)

 「被災者の心を逆なでする、傷つける許されない発言だ」(共産党、小池晃書記局長)

 と、被災者の(とりわけ「心を」)傷つけるという部分に焦点が当たりやすい。公職選挙で選ばれた議員として、有権者に配慮すればどうしてもこういうところからの発言になるのかもしれませんが、逆に考えてみたらどうでしょう?

 つまり被災者(の心)を傷つけるような発言は慎重に控え、黙ったまま、今回今村氏が図らずも口にしたような政策が暗黙のうちに実行されていたら・・・。

 もっと言うなら、そのような復興政策であるとすれば、はるかにそちらの方が問題ではないかと、ナイーブに過ぎるかもしれませんが、私には思われてならないのです。

 具体的に今村氏の発言として伝えられる内容を、文字通りに(ここでは「テキスト分析的なアプローチで」という意味で記しています)検討してみましょう。

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仮に本音が飛び出したと考えれば・・・

 先ほど骨格を抜き出しておいた、今村氏自身の発言の中で、問題になるのはB-Dの部分と思います。骨格だけに整理すると

B「マグニチュード9.0、津波9メートル、死者行方不明計1万8478人」

C「社会資本毀損 25兆円」

D「これがまだ東北で、あっちの方だったから良かった。けど、これが本当、首都圏に近かったりすると、莫大な、甚大な被害があった」

 これは、何をどう間違えても

 「東京でなくて良かった。もし東京・首都圏だったら、もっと大変だった(その代わりに東北が犠牲になった)」

 以外の文意に読み取ることはできません。さすがにそれは官邸サイドもそう思ったのでしょう。普段なら「問題ない」で終わることの多い安倍内閣ですが、ここでは直ちに内閣総理大臣が駆けつけて陳謝する、首相公認の「不適切な発言」となったわけです。

 元来が名誉回復のために派閥が準備しマスコミも詰めかけた「檜舞台」であったわけで、そこでアドリブでこういう発言をしたわけですから、この閣僚が平静から思っている、本音がこぼれでたもの、と思う方が自然ではないでしょうか。

 事実、講演後の記者との一問一答でも「真意を」と問われた今村氏は

 「東北でも25兆円も毀損するような災害だった。これがもっと首都圏に近い方だったら、とんでもない災害になっているだろうという意味で言った」

 と答えています(毎日新聞報道による)が、実際にビデオで見てみると「東北ですら」「ましてや首都圏であったなら」を延々繰り返しており、この人が本心から「首都圏こそが大事」「国家こそが大事」「そこがやられていたら大変なことになる」「個別の地方/個々人は二の次」と信じ込んでいるのが、はっきり見て取れるように思いました。

 犠牲についても「一万数千ナニガシ」といった具合で、この人物の言葉は、一人ひとりの命に関わる部分の調子が極めて軽い、まともに考えていない。

 この「個人・地方の犠牲を前提に東京中心・国家中心で物事を考える発想」そのものが、復興大臣としては言うまでもなく、 今日の日本の政治家として、基本的な資質を疑わざるを得ないものではないか、と指摘せざるを得ません。

 「東京や首都圏に近い方が被害に遭っていたらとんでもない災害になっているだろう」と言っているわけで、

 「東京や首都圏に近い方ではない東北の震災だったからとんでもない災害にはならずにすんだ。それでも25兆円も毀損するような災害だった

 という金額だけに言及し、それ以前、冒頭に自分自身で挙げた数字である

 「マグニチュード9.0、津波も9メートル、死者行方不明計1万8478人」

 を「東北でも」と軽視する発言を、よりによって復興大臣の任にあるはずの人物が、名誉挽回のためにしつらえられた「檜舞台」でしゃべり散らかしている。

 一東京大学教員として極めて残念なことですが、今村氏は東京大学法学部を卒業しているようです(1970年)。

 仮に学園紛争当時でどれだけ大学が荒れていたとしても、この程度の基本的な日本語能力、論理の展開が理解できないとか、単なる言い間違いといった言い訳が通用しないだけの<学力>は経歴として明示されており、本当にそう思っている人がこの職位にあったと考えるしかないでしょう。すなわち

首都圏・国家のために地方・個人を犠牲にする国策

 これはいまさら言うまでもなく、これら原発の立地が、雄弁に語っている通りで、発言がどうしたとか、それで心が傷つくといった水準を超えて、より本質的な「地方と中央」の非対称性をこそ、検討しなければならないのではないでしょうか?

地方と中央:生命と食の安全から

 話が飛びますが、製菓会社「ブルボン」は大ヒット商品「ルマンド」を筆頭に、全国で知られる、我が国を代表するお菓子メーカーの1つと思います。

 高度成長のカーブが緩やかになり始めた頃、それまではよそ行きの、高級感あふれる洋風焼き菓子を、手頃な価格で誰もが気軽に楽しめるようにアレンジして発売、現在の規模に急成長を遂げました。

 ブルボンのお菓子は日本全国のコンビニの店頭で誰もが買うことができますが、このブルボンが元は「北日本食品工業株式会社」から社名変更したこと、北日本という名の由来が新潟県内で展開している立地によることは、それほど知られていないかもしれません。

 さらにブルボンが新潟県柏崎市に本拠を置いていることを知る人は限られ、柏崎が「東京電力」柏崎刈羽原子力発電所の所在地であること、ブルボンが、日本全国の子供たちが楽しみにしているお菓子のメーカーとして、地元に所在する原子力発電所の安全性に、どれくらい細心の配慮をしているか、といったことは、ほとんど誰も知らないのではないでしょうか?

 少なくとも私は、大学の所用で新潟を訪れ、ご縁あって柏崎駅前のブルボン本社をお尋ねして、様々な沿革をうかがうまで、全く意識することがありませんでした。

 古くは「ルマンド」や「アルフォート」、最近ではペットボトル飲料「おいしいココナッツミルク」が文字通りとてもおいしく、私は一個人としてブルボン製品長年のファンです。

 同社が1923年の関東大震災直後、関東圏にあった製菓産業が壊滅状態に陥り、国策によって、被災を免れたエリアにお菓子産業を創成するべくスタートしたことなどは、やはり同社におうかがいするまで全く知りませんでした。

 創業がそもそも関東大震災ですから、ブルボンは様々な面で地震に対してセンシティブに反応してきたといいます。

 2004年、中越地震発生時には、直ちに柏崎刈羽原発の安全性を確認、食と生命の安全に万全を尽くしたとご説明をいただました。

 ここでよく考えていただきたいのです。

 関東圏全体を襲った1923年の大震災時、被害を免れた柏崎で製菓産業が「復興」の一環で奨励されたこと。当時お菓子は軍事物資でもあり、第1次大戦・ロシア革命の直後でシベリア出兵から撤退したばかり、といった国際関係を含め、日本の製菓業には様々なミッションがあったこと。

 逆に中越地震のおりは、埼玉の久喜で震度5弱、と首都圏には影響が及んでいないこと。

 そのような遠い立地に「東京電力」の原子力発電所が設置され、電力を供給していること、いわばリスクをテイクしてもらいながら、首都圏のエネルギー消費分がまかなわれていること。

 「被災者の心」という議論が出てくると、見えなくなりがちな、エネルギー政策の大きな布陣を、いま東北、福島ではない別の例として、新潟柏崎刈羽の例で示しました。

 また地元での安全対策の取り組みとして、最も神経を使う「子供が口にする食品」お菓子で全国展開している、その製品は私も大好きなブルボンのケースでお話してみました。

 ここですべてを記しません。今村氏が思わずもらしたような本音に基づく平時の政策、あるいは災害が発生してしまった際、その復興に当たって、適切な基本スタンスを与えるものであるか?

 被災者の心、気持ちを傷づけない、といったことは、もちろん重要です。言うまでもありません。

 しかし同時に、被災地で暮らす人々の身体生命の安全、そこでの食の安全、そこで生産される品物が、物流に乗って全国に普及する際の安全、さらに、さらに・・・そういったすべてを含めての「復興」であり「災害対策」であるのが、基本中の基本ではないでしょうか?

 「失言」を巡って国会などで様々な応酬があるのだと思われますが、大切なのは「発言」と同時に、行政の現実でもあるのではないか? 

 原発に程近い立地でお菓子を作る地域メーカーが、たった1人の子供が手にし、口にするだろう、一袋のパッケージ内の一包みの焼き菓子の安全から、個人を大切にす るのが、行政以前に人間としての本来のあり方ではないか?

 それが、あの無内容で軽佻浮薄な物言いは、いったいどういうことか、と、この原稿のために数回、講演のビデオを見返し、聞き返しましたが、言語に絶する安っぽさ、真実のなさに言葉を失うのみでした。

 あのような本音で閣僚が復興行政なりなんなりを指導しているとするならば・・・。再び、三度、言葉を失わざるを得ません。

筆者:伊東 乾