恩田陸『失われた地図』(KADOKAWA)

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●恩田陸が小説を通して批判する「ナショナリズム」と「戦争」

『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)が直木賞と本屋大賞をダブル受賞するという史上初の快挙を成し遂げ、恩田陸に注目が集まっている。

 そんな彼女が早くも直木賞受賞後第一作となる小説『失われた地図』(KADOKAWA)を出版した。ミステリー、青春小説、SFなど、幅広い作風でおなじみの恩田陸だが、今回の作品は、国際ピアノコンクールを舞台にした青春群像劇の『蜜蜂と遠雷』とは一転、ナショナリズムが跋扈する現在の日本を風刺する小説だ。

 この物語は、特殊な能力をもった遼平と鮎観という元夫婦の男女を中心に、異界との裂け目から這い出してくる「グンカ」なる化け物と戦うさまを描く。

 物語序盤では、この「グンカ」なる化け物は、茶色がかった軍服に赤い星のついた帽子をかぶっているなど、太平洋戦争中の日本兵の幽霊なのではないかと思わせるような描写があるぐらいで、その姿は謎に包まれているが、ストーリーが先に進んでいくにつれ、「グンカ」は世の中に戦争の機運が高まってくると、地獄から現実の世界に這い出してくるのだということが明示される。

〈「『グンカ』の奴らは、戦争したい、戦争起きればいいのにって思う連中が増えるとその気配を察して、『裂け目』破ってわらわら湧いてくんのよ。人間てのは、じりじりコツコツ暮らすのが嫌な連中が一定数いるわけ。何か起きないか、一発逆転できないか、これまでの世界がチャラにならないかってきょろきょろしてる連中ね。そういうヤツって、しばらくおとなしくしてると飽きてきちゃって、じわじわ数が増えてくんのよね」〉

『失われた地図』は、一話完結型の短編6話で構成されており、主人公たちは1話につき1つの街、錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木と、計6つの元軍都の街を転戦していく。

 この作品はもともと、妖怪をテーマにした定期刊行ムック「怪」(KADOKAWA)に連載されていたもので、連載開始号となる「怪」vol.33の発売された2011年7月の時点では、そこまで「戦争」の機運にアンチテーゼを訴えるような内容になる予定ではなかったという。むしろ、変わりゆく町並みを小説のなかに記録しようという、ノスタルジックな思いが執筆にあたってのモチベーションになっていた。ウェブサイト「ほんのひきだし」のインタビューで彼女はこのように語っている。

●安倍政権以降のナショナリズムの高まりが『失われた地図』の筋書きを変えた

「もともと街歩きがとても好きで、東京に関する本もずっと集めているんです。以前も『エピタフ東京』という作品を書いていますが、今回は「軍都」としての東京の記憶を小説の中で書いておきたいなという思いがありました。
 東京は武士が作った町ですから、防衛上のことを考えて作られています。ですからいまも、実は「軍の記憶」があちこちに残っています。それも「いま書いておかないとなくなってしまうだろうな」と思い、書き始めたんです。
 そもそも東京は、いろいろな時代や地方の記憶があちこちに残っていて、すごくおもしろいところですよね。第二次大戦が終わって70年が経ったし、そのあたりを重点的に書いてみようと思いました」

「書き始めたときは、それこそ軍とは過去の遺物である、むしろノスタルジックなもののつもりで書き始めた」が、しかし書いているうちに状況が変化。「現実のほうがいくらかきな臭くなってきて、第6話の「六本木クライシス」を書くころには若干現実に追い抜かれた感がありました」と恩田は言う。

「怪」での連載が始まったのは、前述の通り2011年7月のこと。その1年半後、安倍晋三政権が登場しネトウヨ的価値観がどんどん世間を覆うようになり、それまでであれば相手にもされなかったようなナショナリズムと排外主義が、無視できぬほどの大衆の支持を獲得し現実政治をも動かすようになっていく。

 そんな現実世界の流れは小説に大きな影響を与え、第5話となる呉編ではこんな台詞まで登場する。

〈「今の大阪を見なさいよ。デマゴーグの見本みたいなあの混乱。もちろん、それは民衆が潜在的に望んでいるからこの世に顕れたものだわよ。望んでいるのに気付いてないヤツも多いけどね。だけど、『グンカ』はそのきな臭さを敏感に感じ取ってる。自分の出番が来たと思って、覚醒する。両者はあそこで出会い、あの場所で瘴気のごとく噴出したってわけよね」〉

 小説の序盤では「グンカ」はさほど強い者としては描かれていない。ただ不気味なだけで、特殊な能力をもつ主人公たちにしてみれば倒すのにわけもない存在だったのだが、ストーリー後半に行くにつれ、「グンカ」の勢いと数は増加の一途をたどり、だんだんと主人公たちの手には負えなくなっていく。

 恩田はグンカについて先のインタビューでこう解説する。

「以前、(現在の窮状を打破して)「一発逆転するには戦争でも起こってくれないかな」という若い人の発言が話題になりましたが、グンカはそういった空気を嗅ぎつけて出てくる、化学反応みたいな存在です。"グンカ"たち自身に意思があるのではなく、呼ばれたところに出てくる」(前出「ほんのひきだし」)
 
 なぜ「グンカ」はそんなに強くなったのか? それは現在の日本に「グンカ」を勢いづかせるものが豊富にあるからだ。それが「ナショナリズム」であるというのである。先と同じ5話の呉編ではこのように説明される。

〈「『グンカ』が大好きなのは、抑圧されたルサンチマン。抑圧された自己愛。常におのれの不遇の責任転嫁先を探す不満──そういったところかしらね」
(中略)
「あいつら、だいたいは眠ってるけど、いつでもそういった連中と結びつく準備はできてる。いつでも意識下に充満してるそいつらに取り付く。そういう時代の空気、都市の空気に忍び込んで、馴染んで、乗っ取る」
(中略)
「『グンカ』が何より大好きなもの──あいつらとすごーく親和性の高いもの──それってなんだか分かる?」
(中略)
「ナショナリズムよ」〉

●恩田陸「ナショナリズムが......とすごく嫌な気持ちになりました」

 最終章となる六本木編では、東京オリンピックを機にいよいよ勢いづいた「グンカ」の行進に主人公たちは成す術もなく立ち尽くす。「もはや、世界は彼らのものなのだ──いや、彼らが世界そのものなのか?」と絶望のモノローグまで差し挟まれる展開になるのだが、この描写にも恩田陸の思いが色濃く反映されているようだ。ウェブサイト「BOOK SHORTS」のインタビューで彼女はこのように答えている。

「オリンピックの開催地が東京に決まったときには、これでまた東京大開発だし、ナショナリズムが......とすごく嫌な気持ちになりました」

 先日の直木賞受賞後の会見で「今後どんな小説を書いていきたいとお考えになってらっしゃいますか?」という質問に彼女はこのように返していた。

「私は自分のことをエンタメ作家だと思っていて。昔は一息で読めるもの、あっという間に読めてしまうようなものが面白いと思っていたんですけれど、面白さにも色んな種類があって。ちんたら読んだりとか、ときどき立ち止まって、続きを間を開けてから読んだりとか、面白さには色んな種類があるので、これからは色んな種類の面白さを体感できるような小説を書いていきたいと思います」

 エンタメ小説の面白さには色んな種類の面白さがある──若者たちの思いが錯綜する物語に、「音楽」を見事に文章に置き換えていく恩田陸の筆致が彩りを添える『蜜蜂と遠雷』は確かに素晴らしいが、その作品で感動を覚えた読者は是非とも『失われた地図』も読んでみてほしい。『蜜蜂と遠雷』とはまた違ったエンタメ小説を味わえるはずだ。ちなみに、直木賞後初の長編小説となる『錆びた太陽』(朝日新聞出版)は、原発事故で汚染された世界を舞台にしたディストピア小説となっている。こちらも近いうちに当サイトでご紹介する予定だ。
(新田 樹)