4月25日、阿部四郎の死去が報じられた。全日本女子プロレスで名を馳せた“極悪レフェリー”である。
昨今は『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)などバラエティ番組で顔を見せることも多く、虚実ない交ぜに楽しんでいたファンがほとんどだろう。でも、80年代はみんなマジだった。「なんだ、このとんでもないレフェリーは!」と。

レフェリーだけではない。バラエティ番組で竹刀片手に鶴太郎を追いかけるダンプ松本は本気で怖かったし、クラッシュギャルズが見せるカウンターのダブル正拳突きはファンクスのダブルパンチ以上の説得力を感じさせた。

格闘家の角田信朗は、以下のように語っている。
「僕が長与千種に興味をもったのは(中略)、彼女が極真空手の初代全日本チャンピオン“風林火山”山崎照朝氏に師事し、空手の技を取り入れているという情報を入手したからである。(中略)長与千種の蹴りが極真仕込みの本物であることはハッキリと見て取れた」(別冊宝島「プロレスラーマル秘読本」から)


周回遅れの長与が発明した“何か新しい試合”


4月18日、NHK BSプレミアム『アナザーストーリーズ』にて「女子プロ熱狂の頂点 クラッシュギャルズを求めた少女たち」が放送された。

番組は、クラッシュギャルズ結成以前の2人の歴史から掘り起こしていく。2011年に出版された柳澤健著『1985年のクラッシュギャルズ』(文藝春秋)に詳しいが、クラッシュギャルズはエリート(ライオネス飛鳥)と雑草(長与千種)によるタッグチームである。番組では、2人をこう紹介している。
「極悪同盟を相手にやられてもやられても立ち上がる長与千種。規格外の強さで相棒を助けるライオネス飛鳥」

長与は、同期の中でも周回遅れの存在であった。
「千種は自ら『仲良しこよし』を離れ、同期の仲間から一定の距離を置いた。その途端、同期たちの態度が一変した」
「押さえ込みの試合でも、千種は負け続けた。(中略)当時の千種は抑え込まれると右にしか逃げられなかった。ある時、同期のひとりがそのことに気づき、情報は瞬時に全員に行き渡った。動きを読まれた千種は、連日のように仰向けでスリーカウントを聞く羽目になった」(『1985年のクラッシュギャルズ』から)
「お前の代わりはいくらでもいる」と突き放されていた長与は、プロレスを辞めることを決意する。

方や、飛鳥は同期のトップランナーである。抜きん出たパワーで勝ち星を積み重ねたのだ。だが、3年目に壁にぶち当たった。
「本当にとんとん拍子にいってたんですけど、(松永)国松マネージャーに『お前は強いけど面白くない』って言われたんですよ。その『面白くない』の意味が分からなかったです」
「これだけ頑張って練習して、これだけの戦歴を残して、ベルトも巻いてきた。いよいよ次のステップアップという時にそのひと言を言われたので、そこで奈落の底に落とされたというか。そのひと言で、すべてが分からなくなってしまったんですよ」(飛鳥)
人気のない飛鳥をメインイベンターとして押し立てていくことを、全日本女子プロレスは躊躇した。

同期を軒並み倒してしまった飛鳥が持つ全日本シングル王座への挑戦権が長与へ巡ってきた。試合前、国松マネージャーは千種へ「負けるに決まってるけどな」と言い放ったという。
“最後の試合”になるのならば……。長与は飛鳥を呼び出した。
「負けようが勝とうがどっちでもかまわない。ただ、自分は殴り合いもしたいし、蹴り合いもしたいし、いろんなことがしたいんだ。このままじゃ嫌だ。やるだけやって辞めたいと思ったので」(長与)
「今までの女子プロレスというのは華麗さに一番重きを置いた試合をしていたんですけど、『そうじゃない試合をしよう』という提案があって、とにかく何かやらないよりは何か新しいことをやって出口を見つけたいという。自分も訳が分からなくなっていたので、わらをもつかむ思いで『よし、やってみよう』って言って」(飛鳥)

番組では、その時の選手権試合の映像が紹介されている。噂には聞いていたこの試合を筆者は初めて目にしたのだが、これはもう軍鶏のケンカだ。睨み合っておきながらロープへ振ってしまう女子にありがちな展開に違和感を覚えることが私には多かったが、この試合は殴り合い、ビンタし合いの繰り返し。闘志むき出しの2人のファイトを見て、実況の志生野温夫氏は「何か、これは新しいですね」とハッキリ口にしている。

「ホームランを打たれる人間」だと自覚する長与が追求した“滅びの美学”


この試合で勝利したのは、王者・飛鳥。敗者である長与に、国松マネージャーは語りかけたという。
「やっとお前らしくなってきたな。お前はそうじゃないと面白くないんだよ」(『1985年のクラッシュギャルズ』から)
試合に負けても観客を魅了してしまう、長与の卓越した能力が覚醒した。

「例えばホームラン打った人にお客さんは目がいくわけですよ。でも、打たれた投手とか捕手のほうに目がいくようになると面白いと思うんですよね。自分はホームランを打たれる人間だったので」(長与)
長与の研究は、徹底を極めた。
「宝塚がいいと言えば、宝塚を見に行きましたね。トップさんがどんな風に階段を降りてくるとか、目の配り方、指先の使い方。あとは『平家物語』。『源氏物語』は華やかな勝ちの美学でなんかピンとこなくて、『平家物語』は滅びの美学でめちゃくちゃ興味が湧いてきて、平家の落人の里だとか壇ノ浦とかいろんな所に本読んで行って。源氏に斬られるくらいだったら、いかり巻いて入水する姿を思い出すんですよね。思い浮かべると『かっこいいよね』とか」(長与)

長与の試合は、痛めつけられ、耐える場面ばかりが印象に残る。“敗北の美しさ”を帯びるためには、女子プロレスでタブーだった流血さえいとわない。
「僕らも見るのが嫌なくらいに真剣勝負をやってましたから。常にハラハラしてて、死んじゃうんじゃないかって。試合中に誰かが死ぬんじゃないかって、実況中継してても怖かったですよ。だから僕は必ず会うごとに『もうやめろよ、あんな試合はやめろ』ってクラッシュに言ってましたね」(志生野氏)
そんなクラッシュ、いや、長与による追求はある一戦で結実する。

髪を刈られた瞬間、長与の望みが成就した


1985年8月28日、大阪城ホールにてダンプ松本vs長与千種による「敗者髪切りマッチ」が決行された。
「絵ですね。作品です。頭の中のビジョンには絵があるんですよね、確実に。究極まで追い込まれて、初めて絵になっていくような気がするんですよね」(長与)

結果は、ダンプの凶器攻撃で流血に追い込まれた長与のノックアウト負け。首に鎖を巻かれた長与は、極悪同盟らによって髪の毛を刈られた。泣き叫ぶ飛鳥らが髪切りを阻止しようとするも、ルールに則って制止されてしまう。
「髪を切られる長与と、それを止めようとする飛鳥。そこには奇しくも、長与が願った一枚の絵のような闘いが収められていた」(番組ナレーションより)
あまりの過激さに、テレビ局には抗議が殺到したという。
「髪切りマッチをやった時に、1万人以上の大阪城ホールでのお客様の泣き声しか聞こえなかった。彼女たちも同じ思いをしている。痛さも、うれしさも、悔しさも、笑顔も」(長与)

そして、現在の長与千種。
「今現在、全国的に知られている女子レスラーは若い子でいないので、私たちと同じように、その子を見に行って、そこで充電し、そこでパワーを養い、そこで負けん気の強い女の子になっていく……ということを出せる女子レスラーを自分が誕生させられれば、きっとそこがゴール」(長与)
長与は2006年に「Marvelous(マーベラス)」なる新団体を設立し、新人の育成に力を注いでいるという。
(寺西ジャジューカ)