【ライターコラムfrom浦和】「まさか」の負傷も冷静に前向きに 復帰迫る高木俊幸

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 思わぬところに落とし穴が潜んでいた。2016シーズンが終わって迎えたオフの時期、高木俊幸は自主トレーニング中に右足第5中足骨を疲労骨折した。

「まさか、そういう時期にそうなると思わなかったので」

 1月10日に手術を受け、全治3カ月の診断が下った。決意を新たに新シーズンに挑む準備をしようという時だった。浦和レッズに移籍して3シーズン目、昨年終盤につかんだポジションを死守する。そのためには、この時期からしっかりと体を作り上げていき、コンディションを上げていく必要があった。

 まとまった時間を確保できるキャンプは1年を戦うチームの土台を築いていく大事な時期だ。チームメートとの連携を深め、志向する戦術を練り上げていく。その重要な場に高木は加われないことが決まってしまった。この時期の出遅れは、下手をしたら1年に渡って大きな影響を与える可能性もある。

「その時は真っ白にはなりました。『やばいな』と。今年は前の競争も激しいし、出遅れている場合じゃないなというのもありました」

 もっとも、まったく予兆のないアクシデントというわけではなかった。骨折した箇所は2016シーズンから痛みが出ていた。「自分でもサインが出ていたのはわかっていました」。しかし、その時期は努力と苦労の末にようやくスタメンを掴んだ時であり、せっかく手にしたものをみすみす手放したくはなかった。簡単には休めなかった。無理をした結果がオフの時期に表れるのは予想外だったものの「自分の管理不足」と受け止めた。

 だからショックを長く引きずることもなかった。厳しい現実ではあったが、自分の置かれた状況を冷静に受け入れ、前を向いて2017シーズンを迎えようと心に決めた。

「結局は疲労骨折なので、どのタイミングで来るかわからないし、もしかしたらシーズン中にそうなっていた可能性もゼロじゃない。そういった部分でポジティブに考えると、早目に折れるなら折れてよかったかなと。折れないでやれるのがベストだけど、もしキャンプが終わった後、これからシーズン始まるって時期に折れちゃうと、せっかく体を追い込んで上げたのが一回落ちてしまうので。それはもったいないので、逆に折れるなら、時期的にはよかった」

 2017年4月17日。チームがFC東京を下して首位に浮上した翌日、高木は流通経済大学とのトレーニングマッチで実戦復帰を果たした。3月末に取材をした際、高木はこう話していた。「4月半ばに完全合流できるというドクターの話ですし、あとは自分のパフォーマンス次第かな」。ここまでは予定通りだ。

 理想とは程遠いシーズンスタートを冷静に受け止められたのは、去年の経験も大きかった。2016年、高木は右ひざ内側側副靱帯を損傷したことで出遅れてしまい、試合に出られない時期が続いた。しかし、出場機会に恵まれなくとも日々の鍛錬を欠かさぬ先輩方の姿を見ながら自身の心を奮い立たせ、いつ訪れるかもわからない出番を待ち続けた。そして、リオデジャネイロ・オリンピックで興梠慎三がチームを離れた時にチャンスを与えられると、そこから収穫と課題を手にしながらピッチに立つ時間を増やす日々が始まった。その濃密な経験が高木の背中を押している。

「去年もなんだかんだあって、全然試合に出られない時期が続きましたけど、後半戦は試合に出られました。また自分にもチャンスが来る時期はあると思うし、シーズンは1年通して長いので。誰がケガするかわからないし、チーム状態も時期によって変わるし、連戦が入れば苦しくなる選手も出てくるので、そういう時に自分がフレッシュな状態で入っていけたら。そういう考え方ができるようになりましたね」

 そう言って白い歯をこぼした高木の表情には、自信の色が滲んで見えた。

文=神谷正明