なぜ大阪人は東京人より親しみやすいのか

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■人前で喋るときに意識する「ホーム&アウェイ」

ときどき人前で喋ることがある。毎回緊張するし、来場者にとって有益な時間になったかどうかが心配になる。終演後のアンケートで「現場の様子を知ることができてすごく有益だった」などと書かれ、5段階評価で「5」が多数ついていたら安心する。

そのような聴衆の評価に触れるたび、人前で喋る際は「ホーム&アウェイ」という視点が大切だな、といつも感じる。そこで本稿では、ホームか、アウェイか、といった点を加味しながら、「プレゼンのときは、相手を味方につけるといかに楽か」という話から始めてみたい。

私の場合、マーケティング、広報、編集、ライター、インターネットについて、その業界関係者に喋る場合は完全に「ホーム」となる。対して、一度、官公庁系の人々が集まる場所で、ネットの炎上やネット上でのコミュニケーションの作法について語ったときは、完全に「アウェイ」だった。何しろ、皆さんマジメなのだ。

私は「匿名の人が多いツイッターでは、男性器の長さに関する記事は多数RTされるが、フェイスブックではまるでシェアされない」といったことを語る。ネットの珍騒動やセオリー(お約束の展開)には思わず笑いたくなるものも多いのだが、マジメな方ばかりがいる会だと、「ここは笑ってもいいのかしら……」と探り合っている感じがあり、結局、脇を見て誰も笑っていないので仏頂面を続けるしかなくなる。

もうひとつは「場所」の問題である。私がイベントをやる場合、阿佐ヶ谷ロフトAという若干のアングラ臭があるライブハウスは、完全に「ホーム」といえよう。来場するお客さんもサブカルチャー好きな人が多く、なんとなく趣味嗜好は合う。一方、もう少しオシャレだったり、アカデミックなにおいがしたりする場所では「アウェイ」となる。

そんななか、どこであろうとも「ホーム感」があるのが、大阪で行うイベントだ。大阪ではこれまでに何度も宣伝会議の「戦略PR講座」「編集・ライター養成講座」「ウェブライティング講座」で話をし、他にも何度かイベントに登壇させてもらった。私はもともと大阪には一切の縁がないのだが、とにかく大阪では「ホーム感」をおぼえるのだ。

それを最大級に体感したのが、2017年4月8日にコラムニスト・前田将多さんと、青年失業家・田中泰延さんと一緒にスタンダードブックストア心斎橋で行った「広告業界という無法地帯で電通と博報堂は何をしているのか」というイベントだ。これは、前田さんの『広告業界という無法地帯へ』(毎日新聞出版)と、私の『電通と博報堂は何をしているのか』(星海社新書)の発売記念イベントという体裁で催された。前田さんは「ヤメ電」(電通を辞めた人)として登場し、私は「脱博者」(博報堂を辞めた人)という立ち位置での登壇。田中さんも前田さんと同様に「ヤメ電」である。

■大阪人の「フレンドリーさ」と「情」

当初、お客さんが入るのかどうか心配していたのだが、蓋を開けたら田中さん・前田さんという関西を基盤とする2人の集客力で120人の大入りとなった。田中さんが司会をしたのだが、とにかく面白い。

「えぇ〜、このたびハローワーク通いが実を結び、失業保険を月21万7000円もらえることとなりました。雇用保険をこれまで払ってきてよかったです」

こうしたボケを適宜かませつつ、電通と博報堂、そして広告業界について3人でアホ話をし続けた。たとえば、こんなアホな発言が田中さんから出た。

「ある案件で、スピルバーグに仕事してもらいたいな、みたいな流れになったんですわ。『誰か、スピルバーグにツテあるか?』なんて話になったのですが、誰もツテなんて持っていない。そうしたら、なんとスピルバーグの公式HPに電話番号が出ているのですよ。そこで先輩が思い切って、その番号に電話してみた。『ハロー』と言われて、『こりゃ、スピルバーグ本人だ』と先輩は思い、咄嗟に出てきた言葉が『アーユースピルバーグ?』で。そうしたら電話の相手は『イエス、アイアムスティーブン・スピルバーグ』と返してくるじゃないですか!」

「続いて、先輩が言ったのが『アーユーエクスペンシブ?』(Are you expensive=あなたのギャラ高い?)ですわ。するとスピルバーグは明らかにイライラした感じで『Yes, I am very expensive』(オレは相当高いぜ)と言うわけですよ。それで『だったら無理だな、ありがとう、ガハハ』みたいな感じで、先輩は電話を切ったんです」

こうした話をするとドッと笑い声が発生し、皆、実に楽しそうである。2時間のイベントだったのだが、文字どおり「本当にあっという間」だった。私のことを以前から知っていた人はそれほどいなかったと思うのだが、終演後には多くの人が本を購入してくれ、サインを求める列を作ってくれた。そして「面白かったです〜」や「役に立ちました!」などと言ってくれた。とにかく皆さん笑顔で、フレンドリーなのだ。

「田中さん、前田さん目当てで来たものの、もう一人の東京者も意外と面白いじゃん(じゃん、とは言わないか? ただ、インチキ関西弁を書く方が恥ずかしいのでこのままで〈笑〉)」ということで、私の本も買ってくれ、積極的に話しかけてくれる。そして「せんせぇ、終わった後の飲み会いかないの?」と打ち上げに誘ってくれる。

スタンダードブックストア前のピザ屋で行われた打ち上げには、30人以上が参加してくれる大盛況ぶりだった。そこにいた人々は初対面同士が多かったのだが、すぐに打ち解け、打ち上げは最終的に3時間半も続いたという(私は1時間半で退席し、新幹線に乗らなくてはいけなかった)。

私の担当である星海社のI編集者はフェイスブックにこう書いていた。

〈打ち上げで、田中さんファンだという妙齢の女性に「おばちゃんなあ、中川さんのことけったいな人やな思ってたねん。ツイッターでもすぐウンコやら死ねやら言うてからに……。でも喋ったらジェントルマンでびっくりしたわあ。担当やったら言うといて。あんなこと言うてたら損やでって」と言われたのが個人的ハイライトでした。〉

こうしてズケズケと感想を述べてくれ、そして面白いものには称賛の拍手をくれる大阪人気質。普段は仕事で訪れることが多く、日帰りですぐに東京に戻ってしまうが、この大阪人の「情」ってヤツには毎度やられてしまう。

■大阪で出会った友人の死

そして、思い出すのは2011年5月のことだ。東日本大震災の後、東京は節電などもあり、とにかく沈鬱な状況にあった。被災地と比べるべくもないが、あまりにも重苦しい雰囲気だったため、大阪の友人・サエコさんに救いを求めた。

「そっちに一回行っていいかな?」

この日案内してくれたのはサエコさんと、彼女の会社の1年先輩・ミワコさん(初対面)だったのだが、彼女たちは「いいよ。案内するわ」と言い、運河から大阪湾に出るボートのクルーズを予約してくれた。ビールとつまみを用意してくれており、それを飲み食いしながらゆっくりと水辺の風景を楽しんだ。この日の別れ際、本当に彼女らに救われた感じがし、「ありがとう。なんかいろいろスッキリした」と伝えたら「私ら、何もしてないけど」と言われた。だが、阪神大震災を経験した人々である。そのうえでのこの対応には、なぜだか嬉しさを覚えた。

ミワコさんとは初対面だったが、すぐに打ち解けられた。翌日は万博公園から新世界を案内してくれるという。2人の上司であるジロウさんがミワコさんと共に車で迎えに来てくれた。前日会ったばかりの女性と、この日初めて会った男性と3人での行動だったが、常にボケを挟みながら大阪を案内してくれる。新世界の串カツ屋でサエコさんも合流。16時に新幹線に乗るため新大阪駅へ行ったのだが、3人はホームまで来てくれた。そして、新幹線の発車とともに3人はホームを走り、かつての青春ドラマのごとく手を振る。なんというノリだ……。それからこの3人とはときどき会うようになった。彼らが東京出張の折には私が店を予約し、一緒に飲んだりもした。

ジロウさんは、その直後に癌が発見される。兵庫県にある最先端の放射線治療ができる施設に入ったころは、まだ元気だった。その1年後、私が最後に会ったとき、彼は「オレは生きたいんです。生きてまた皆さんと一緒にビールが飲みたい」と別れ際に言った。その2週間後に、彼は亡くなった。

「大阪人」と言っていいのかは分からないのだが、これまで出会ってきた人々のなかでも大阪出身者・在住者のコミュニケーションの快適さは格別だ。そんな大阪人のフレンドリーさみたいなものが、やや控えめになりがちな我々東京人には必要なのかもしれない。東京五輪を控えて、今後、海外から数多くの人が日本にやってくるだろう。それだけに、今こそ大阪人のコミュニケーションに学んでもいいのでは?

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【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」
周囲の空気を過剰に読んでしまう人、控えめでいることに慣れてしまった人こそ、大阪人の親しみやすさから「オープンで心地よいコミュニケーション」を学ぶべし。

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中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。

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(中川 淳一郎 )