女性が生き方や考え方をアップデートし、つよくしなやかな自分を目指すのに役立つ本を月に1冊紹介します。

恋の悩みは一生なくならないのかもしれない

子どもの頃、30代の大人になった自分は「いい年のおばさん」だと想像していました。結婚して母ちゃん然とし、どっしりしていて、女っぽさや艶っぽさは失っていて、“恋”なんか超越していた生き方をしている。そんなふうにイメージしていました。
ところが、いざ30代になってみると、幼いときの空想とはかけ離れた自分と出会いました。結婚はしたけれど離婚して、子どもはナシ。むしろ、自分が子どもっぽいなあ、と恥ずかしくなるほどです。
全然どっしりと落ち着いていなくて、女っぽさや艶っぽさは極力失いたくないと考えているし、恋する機会があろうとなかろうと、生活から恋をまるっと取り除くことはできずにいます。
むしろ、自分のなかで気になる人が出現している間は、その人のことをぐるぐると思い続けて、LINEやメッセージを送ってもいいものか、どういう話題を選ぼうかと悩んだり、「この返信の真意はいったい?」と考えたり、ぼーっとしていると、恋に関連するもろもろが脳内を占拠するのです。
明らかにいい年の大人なのに、なぜ恋に関わる要素がこれほどまで、脳や行動を制御するのだろう、と悩ましいほど。でも、そういう現象が起きるのは、私だけではないようです。人の悩みの9割以上は人間関係について、と一般的に言われますが、対人が絡む恋愛もかなりの割合を占めています。

バーのマスターが恋の悩み相談役に適している理由

そんな恋の悩みを伝える相手選びは間違えると危険。口の軽い人や利害関係者に話した結果、悪意のあるウワサとして広まり、自分の状況が危うくなることもなくはないわけです。だからといって、華やかな(とは限りませんが)恋の話を、しばらく恋はご無沙汰だとか、興味がなくなったような友人に共有しても、「つまらない」と思われるだけ。
(1)近くもなく遠くもない、(2)他人の相談をきき慣れている――この2つを満たす人が、恋の悩みを話す相手としてベターなのでは、と私は考えます。距離感がある相手だからこそ、変に肩入れしたり、フォローしたりすることもなく、客観的で率直な意見をくれそうです。
たとえば、バーのマスターなんて、適任ではないでしょうか。という「大人の恋愛相談室」的な本があるように、バーのマスターは「恋の悩みデパート」といっても過言ではありません。著者は渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主の林伸次さん。
bar bossaのカウンターに立ち続けて20年。その間にお客さんからありとあらゆる質問を投げかけられ、答えてきた実績があります。相談のプロ、ともいえるでしょう。相談のやりとりをお客さんの承諾を得て、コンテンツプラットフォーム「note」につづったコンテンツが書籍化され、第1章「恋の始まり」、第2章「男と女」、第3章「男の生き方、考え方」、第4章「女という生き物」、第5章「別れ」と全5章で構成されたのが本書です。

「男性から追わせたい」への答えは?

林さんの「回答(返信)スタイル」は独特です。やわらかく、ていねいで、それでいて淡々としています。相談者を必要以上に擁護したり自分の意見を押しつけたり、カウンターを挟んだバーのマスターとお客さん、といった位置関係を乱したり、といったことは絶対にないのです。だから、読んでいて「圧」がなく、化粧水が肌にじんわりと浸透するように、なじんでいく感覚。
たとえば、とくに印象的だったのは「男性から追わせたい」(110ページ)への回答。好きな人ができると、自分が追いかけてばかりだという女性相談者(20代)が、「男性は追うのが好きなんでしょうか? 男性から追わせる方法が知りたいです」と悩んでいました。
男性には狩猟本能があるから、基本的に女性を追いかけたい性である、とはよく聞く話。林さんも男性にはそういう性質が初期設定されている、などと答えた上で、それでも「一番最初のシグナルは女性から出している」と解説。数ページ後につづられた文章が、この悩みを解決に近づける本題だと感じました。

恋愛ってやっぱり「コミュニケーション能力」が必要です。「コミュニケーション能力」ってなにかというと、自分が言った言葉やとった行動で、相手がどういう風に感じているかを読みとって、相手の気持ちを考えながら行動する能力だと思います。(115ページ)

ある意味で正常さを失った恋愛中は、木を見て森を見ず状態に陥ることが多いです。○○さんに恋に落ちた自分が今どう感じているか、自分がどういう気持ちになったか、といった自分視点を軸に物事を考えてしまう、というふうに。

恋にコミュニケーション能力は欠かせない

たとえば「私が誘ってばかりで、彼は誘ってくれない。なんで? (私は)悲しい」「どうしてLINEが既読になったのに、彼は返信してくれないんだろう。(私は)ショック」など、感情を表現する文章の主語がすべて自分になっていたら、それは「独りよがり」「自分勝手」としかいえない状況。

恋愛はキャッチボールだと思います。貴女が投げてばかりだとうまくいきません。相手のボールが返ってくるのをゆっくり待つのも恋愛の「面白さ」ですよ。(115ページ)

恋はひとりでできるものではなく、互いの気持ちがないと成立し得ないものだからこそ、コミュニケーション能力やキャッチボールといった発想が欠落してしまうと、恋がいい形で進展していくことはまずないでしょう。
本書の回答の多くは、林さんが自身の引き出しから持ち出したものですが、どうしても困ったときは奥さんやほかのお客さんに聞いた話をベースに導き出しているようです。どれに対しても真摯に向き合い、因数分解し、立体的なパズルを組み立てていくように、回答ができあがっていく。そのプロセスを読むのも面白いです。
「そういう考え方もあるよなあ」「それもひとつの方法だなあ。ふむふむ」とうなずき、お酒を飲み干して、機嫌よく家に帰りたくなる。リアルにbar bossaの扉を開けたくなる。そんなやりとりであふれています。文章から伝わる林さんの人柄が成せる技ではないでしょうか。そう、文章は人が作り出すもの。それゆえ、文章=その人自体、であることは間違いないのですから。
傷ついたり、悲しんだり、切なくなったり……恋というものに、いい年になっても感情を激しく揺さぶられ、コントロールされる私たちが、ときどき本棚からそっと取り出したい、頭と心を温めてくれる1冊です。