横浜F・マリノスのDF中澤佑二【写真:Getty Images】

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ヴェルディでは練習生から這い上がった苦労人。日本代表主将も経験

 移籍を繰り返す選手がいるいっぽうで、所属チームを変えずにプレーし続けている選手もおり、彼らに対してサポーターは特別な思いを寄せる。今回は、若手時代に移籍を経験し、2017シーズンで同一クラブに15シーズン目以上の連続在籍となった選手のなかから5人を紹介する。

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中澤佑二(なかざわ・ゆうじ/横浜F・マリノス)

【経歴】
ヴェルディ川崎(〜00)
東京ヴェルディ(01)
横浜F・マリノス(02〜)

 1978年2月25日生まれ。ヴェルディ川崎では練習生から這い上がるなど、不屈の闘志を持つ中澤佑二。所属クラブで存在感を高めると、シドニー五輪では日の丸を背負った。横浜FMにステップアップしてからも上昇カーブは右肩上がりで、03、04年にはJ1連覇に貢献した。

 昨シーズンは3年連続フルタイム出場を達成し、今シーズンもトリコロールの最終ラインで輝きを放っている。10年南アフリカW杯で日本は、堅守を前面に押し出しベスト16に進出したが、中澤の働きがチームの力になったのは間違いない。円熟味を増すベテランは、まだまだ一戦級の力を備えている。

前所属は横浜フリューゲルス。今なお国内屈指の守護神

楢崎正剛(ならざき・せいごう/名古屋グランパス)

【経歴】
横浜フリューゲルス(〜98)
名古屋グランパス(99〜)

 1976年4月15日生まれ。W杯に4度出場するなど、長らく日本のゴールマウスを守ってきた楢崎。百戦錬磨の経験は味方に安心感を、相手には大きなプレッシャーを与える。名古屋で19年目のシーズンを戦っている。

 舞台はJ1ではなくJ2だが、今も国内屈指の守護神であることに変わりはない。彼をJ1の舞台で見たいと思っている人は多いはずだ。これだけ長く名古屋でプレーしているため楢崎=名古屋のイメージが当然ある。だが、それと同じくらい楢崎=元横浜フリューゲルスの印象も強い。

躍動感あふれるプレーが持ち味。FC東京で愛されるサイドアタッカー

石川直宏(いしかわ・なおひろ/FC東京)

【経歴】
横浜F・マリノス(〜02)
FC東京(02〜)

 1981年5月12日生まれ。抜群のスピードとキレでボールを運び、躍動感あふれるプレーで観る者を熱狂させるアタッカー。FC東京加入当初、サイドを疾走する姿はチームの原動力となった。近年は負傷に苦しんでおり、トップフォームとは言い難い。

 昨シーズンはリーグ戦の出場はなく、U-23チームに回ることもあった。ただ、石川の姿勢に若い選手たちも感じるものがあっただろう。それはトップチームの仲間たちも同じはず。プロの世界は入れ替わりが激しいが、石川のようにチームのために身を粉にできる人材は貴重だ。

甲府の最終ライン支えるDF。高いキックの精度も持ち味

山本英臣(やまもと・ひでおみ/ヴァンフォーレ甲府)

【経歴】
ジェフユナイテッド市原(〜02)
ヴァンフォーレ甲府(03〜)

 1980年6月26日生まれ。市原の下部組織で育ち、トップチームに昇格。3年目のシーズンにリーグ戦4試合に出場したものの、翌年は出番がなかった。03年に甲府へ移籍すると、現在まで中心選手として戦い続けている。

 甲府はチーム全体が守備意識を高く保って相手に立ち向かうが、最終ラインの真ん中で体を張る山本の存在は頼もしい限り。ボランチでのプレーも可能で高いキックの精度も備える。毎年のように降格候補に挙げられながらJ1を生き抜いている。背番号4の貢献も、見逃せないポイントだろう。

ガンバの黄金期は背番号7とともに。日本代表最多出場のMF

遠藤保仁(えんどう・やすひと/ガンバ大阪)

【経歴】
横浜フリューゲルス(〜98)
京都パープルサンガ(〜00)
ガンバ大阪(01〜)

 1980年1月28日生まれ。黄金世代のプレーメーカーは高卒1年目に横浜フリューゲルスで公式戦20試合に出場している。翌年に移籍した京都でも2シーズン連続で監督が代わったものの、遠藤は順調にキャリアを重ねていく。そして、G大阪の顔として一時代を築くことに。

 西野朗監督体制時には超攻撃的なスタイルの心臓としてチームを牽引。ボランチはもちろん、より攻撃的なポジションも難なくこなすなど抜群のセンスを発揮している。日本代表では152試合に出場し、W杯も3度経験した。

text by 編集部