大狩部駅付近の様子

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 4月中旬、北海道を訪れた。上空に寒気が押し寄せ、空はどんよりと曇り、時折吹雪となる。昨年11月にJR北海道が「単独維持困難13線区」を発表して以来、ずっと気になっていた日高本線の現場を見に行くことにした。

 レンタカーを走らせ、苫小牧東インターから日高道に入る。高規格幹線道路(一般国道の自動車専用道路)で最高速度は100キロ。現在は日高門別ICまでだが、ゆくゆくは浦河まで延伸の予定で工事が続けられている。復旧工事をあきらめた鉄路とは対照的だ。

 日高本線は2015年の高波被害で厚賀―大狩部間の路盤が流出。さらに16年8月の台風で慶能舞(けのまい)川橋梁が流失するなど大きなダメージを受け、鵡川(むかわ)―様似(さまに)間(116キロ)は全面運休が続いている。現在の営業区間は、苫小牧―鵡川間30.5キロのみという状況だ。

 JR北海道は、鵡川以降の復旧費用は86億円に達するとの試算を発表。復旧後も毎年16億円超の維持費がかかることを明らかにしたうえで、地元自治体に維持費の8割負担を求めたが自治体側はこれを拒絶した。

 このためJR北海道の島田修社長は16年12月に、沿線8町の町長らに廃止の意向を伝え、「バス等による代替交通をはじめとした新たな交通体系の確立に向けた協議を進めたい」との意向を示した。

 一方、自治体側からは日高管内の7町長が今年に入って一部区間の復旧を断念したうえで、かつてJR北海道が開発を進めていた鉄路と道路を走行可能なデュアル・モード・ビークル(DMV)導入による残り区間の存続を検討していくことで合意したと報じられた。

 被害が大きい一部区間は道路を走り、その他の区間は鉄路を走行するという構想だ。とはいえ、運転免許の問題や冬場の走行問題など課題も山積。実現へのハードルは高いという。また、現在折り返し運転中の苫小牧―鵡川間にしても輸送密度は500人台で「単独維持困難線区」のひとつになっている。現状は厳しい。

●昨年の台風で流失した慶能舞川橋梁の惨状

 12時過ぎ、鵡川駅に着いた。三角屋根のかわらしい駅舎だ。「シシャモとタンポポの町」ということで、駅前に「柳(し)葉魚(しゃも)の伝説」の表示板がある。駅舎の中に入ると「日高線列車・代行バスご案内」の表示が目に留まる。その下には発車時刻表。苫小牧方面は列車時刻で6時台から21時台まで9本の列車が走っている。静内・様似方面は代行バスの時刻表。6時台から19時台まで7本の発車時刻が記されている。終点・様似までのバス(静内で乗り換え)は4本しかない。駅舎内、ホームともに人影はゼロで寂寥感が漂う。

 駅前に13時発の代行バスが停車していた。発車までかなり時間があるためか、乗客の姿はない。運転手に乗客の数を尋ねると「昼間はほとんどいない。無人の時もある」とのこと。ただ、朝夕は通学の高校生で混み合うという。「この春は新1年生が多くて、2便出すときもある」という。この時ばかりは笑みがこぼれた。

 国道235号を日高門別方面にレンタカーで進む。右手に列車が走らない鉄路が海沿いに続く。国道と鉄道が並行して延びている。海と牧場を眺めながらの快適なドライブコースだ。門別競馬場を過ぎると、富川、日高門別、豊郷、清畠と駅が続く。目の前に惨状が飛び込んできたのは、豊郷と清畠の間にある慶能舞川の橋に差し掛かった時だ。右手にある鉄橋の橋梁がない。昨年の台風で橋梁が流失、路盤が流出して通信ケーブルが損傷したのだ。

 車から降りて、鉄橋のあった場所に行く。低気圧と寒気で、ものすごい風が吹く。気温は2度前後で、指先がちぎれそうな感覚に陥る。橋げたが無残に取り残された鉄橋跡は、なんとも無残。橋梁部は浜にひっくり返したかたちで放置されている。「慶能舞川橋りょう 塗装年月2008年7月」などの記載がある。鉄路が完全に寸断されている。
 
●波打ち際の路盤が流出して線路が浮いている大狩部

 慶能舞川を後にして235号を進む。15分ほどで大狩部(おおかりべ)駅に着く。10年ほど前、日高本線を全線乗って襟裳岬まで行ったことがあるが、そのとき、「この駅はホームから釣りができそうなくらいだなあ」と驚いた記憶が蘇ってきた。

 無人の駅は、ブロックを積み重ねたシェルターみたいな建物だ。ブロック塀に列車代行バスの時刻表とJR普通運賃表が貼られている。苫小牧まで1450円、札幌まで2810円、様似までは1640円だ。駅開業は1958年なので、来年で60年になる。いろんなドラマがあったことだろう。

 ホームに出ると、本当に海が近い。波除の塀をはさんで波打ち際まで10メートルもないだろう。だが、厚賀方面の線路を見て唖然とした。岸にほど近いところを走る線路が宙に浮いているのだ。線路下の路盤が流出した現場である。強風で白波が押し寄せてくる。これでは高波が来たらひとたまりもない。海が穏やかな日は、車窓から間近に太平洋を眺められ、なんと素晴らしい光景かと思ったが、ひとたび大自然が牙をむいたら太刀打ちできない。衝撃的な光景に言葉を失い、しばし佇む。

 大狩部の次は、この日最後の目的地、静内駅に向かう。駅に着くと様似に向かう代行バスが停車していた。やがて鵡川からのバスが着き、乗客はここで接続するバスに乗り換える。様似行きのバスに乗っていたのは女性客1人だけだった。

 静内は旧三石町と合併して、新ひだか町となっている。「優駿・競走馬に会えるまち」で知られ、春はエゾヤマザクラが美しい。日高地方の中心地であり、高校生や観光客など、かつては乗降客も多く賑わっていた駅だ。この日は観光オフシーズンの平日とあり、駅構内は数人の乗客がいるばかり。そば店も土産物屋も閑散としていた。改札からホームを眺めるが、列車の走らないホームには寂しさが漂う。

 今回、鵡川、大狩部、静内の3駅と慶能舞川橋梁跡を見て回った。今のJR北海道の経営力では、正直なところ全面復旧への道は厳しい。とはいえ、人口減が続く沿線自治体に相応の負担を強いるのも無理な話だ。ここは道や国が動かなければ、抜本的な対策は打てないだろう。もともと、旧国鉄の分割民営化に無理があったのだから、JR再編も視野に検討すべきではないか。日高本線を廃線にして、バス路線やDMVに転換したところで、それだけでは地域活性化という視点から見れば本当の問題解決にはならないと思う。

 今回は日高本線を取り上げたが、同じ構図は道内各地に存在する。対処療法ではなく、北海道の恵まれた自然環境を活用した地域活性化策を真剣に考えていかないと希望が見えてこない。

 外国人観光客が急増している現状を踏まえ、新たなビジョン作成に取り組んでほしいものだ。
(文=山田稔/ジャーナリスト)