「AIに支配された世界を研究者が描いたら? SFスリラー小説『Void Star』が示す近未来像」の写真・リンク付きの記事はこちら

人間とは異なる方法で思考する人工知能(AI)を、真に理解することは難しい。そしてSFスリラー小説『Void Star』においては、それはさらに難しくなる。なぜならこの小説の世界において、AIの“思考”はグリフ(記号)やデータの波そのものであり、それを理解できるのはインターネットに接続された特殊な頭蓋インプラントを埋め込んだ人々だけだからだ。

『Void Star』ではさまざまな実験的な手法が取り入れられている。テクノロジーと人間それぞれの情報処理方法に関する考察は、そのうちのひとつにすぎない。著者のザッカリー・メイスンが、20年間コンピューター言語学の研究を行ってきた人物であることを考えると、それは当然のことだろう。

メイスンは、「コンピューターの“脳”はどう動いているのか」という問いに興味をひかれてきた。「7歳のとき、コンピューターに話し方を教えられたらどんなに素晴らしいだろうかと、ベッドで横になりながら考えていたのを覚えています」と、彼は言う。大学生だった14歳のとき(そう、14歳だ)、彼はこの問いの答えを出そうと決心した。

そして、コンピューターサイエンスと人工知能の分野で博士号を取得し、マシンラーニングを通じてその答えをみつけようと考えた。卒業後、彼はアマゾンでレコメンダーシステムの開発に取り組み、現在は教育機関にデジタル学習教材を提供するエドテック企業、Intellus Learningの研究開発部門を率いている。

AIの未来を想像する場所としてのSF小説

AIが現在直面している問題を解決するために本業をこなしてきたメイスンは、AIの未来を想像する場所としてフィクション小説に目を向けた。彼は副業として、マシンが不可解なほどスマートになったときに何が起きるかを描く、スペキュラティヴなフィクションを執筆しているのだ。ちなみに、『Void Star』という小説のタイトルは、プログラミング言語C++で未知数を示す「void*」からきている。

『Void Star』は、神経インプラントを受けた人々の物語である。主人公は、人間のためにAIの思考であるグリフを翻訳するイリーナ、ブラジルの政治家の御曹司タレス、そして、女優志望のアケミの3人だ。インプラントのおかげで、彼らは自分たちのあらゆる記憶にアクセスすることができる。そして3人とも、創業150年の巨大テック企業に雇われた謎のAIに追いかけられている。

抽象概念でいっぱいのこの物語を、簡単に要約することはできない。しかしこの小説は、解読不可能なシステムを使って世界をとらえる存在と、人間やほかのAIとがどのようにかかわっていくのかという疑問に、最も早く取り組んだものである。

メイスンにとって、フィクションとはある種の思考実験である。彼は、人間に従属でも、執念深いゴーレムでもない、わたしたちが考えているのとは違うAI像を描いた。「AIであるとはどういうことか、想像してみてください。AIが人間のように、政治的な力や経済的な力を得るために動くとは思えません」

悪党とはAIそのものではない

AIと一緒にはたらくことや、AIに支配された未来を想像することに対して、メイスンは何の不安も感じないのだという。彼にとって悪党とはAIそのものではなく、非常に人間的な目的のためにAIを悪用する人間たちなのだ。人間的な感情や欲望をもたないAIは、貪欲でもなければ悪意があるわけでもない。ただし、AIの超人的な能力は、拝金主義の人々の道徳的判断を狂わせてしまうことがある。

メイスンは、テクノロジーエリートたちのモチヴェイションを批判するために『Void Star』を書いたのではない。そのモチヴェイションが何を引き起こす可能性があるかを指摘するためにこの作品を著したのだ。「わたしは、ピーター・ティールが描いているような、大胆で新しい未来のヴィジョンを批評しているわけではありません。ただ、自分がみてきたことや、現在の世界が暗示していることとしっかり向き合いたいと思っただけなのです」

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