日本のランニングブームはとどまるところを知らず、ますます愛好者が増えている。アスリート志向の人だけでなく、健康のために走り始めた人も、距離を延ばし、市民レースに出るうちにだんだん目標が高くなり、シューズに求める機能や期待も高くなっていく。


ニューバランス『HANZO』開発者の武田信夫氏 では、ランナーが履くランニングシューズは、いったいどのようにして開発されるのか。米国発祥のメーカーでありながら、日本のスタッフ主導で開発されたランニングシューズ『HANZO』を例にとって、その開発プロセスを追ってみた。

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「日本人の足は”都市伝説的”に『甲高幅広』と言われ続けてきましたが、果たしてそれは本当なのか? まずはその検証から始めました」

 そう話すのは、ニューバランスジャパン商品企画GBUプロダクト部ランニングチームマネージャーの武田信夫氏だ。都市伝説に惑わされず、本当の日本人の足を知るために、米国ボストンにあるニューバランス・スポーツ・リサーチラボのスタッフが精密な測定機材を携えて来日し、数多くの日本人エリートランナーの足型・走り方を徹底的に調べ上げた。

 その結果、欧米人と比べて日本人の足は側幅=ボトムが広いことが判明。”幅広”はある程度正しかったことになる。同時に、欧米人は足の人差し指が長く、中央がシュッと尖っているが、日本人は足の指がどれも短く横並びで、爪先はあまり尖っていない。一方で、日本人が特に甲高ということはなく、踵(かかと)の大きさも欧米人と大差ないこともわかった。


爪先部の大きな巻き上げと強力な反発性を持つミッドソール素材が推進力を生む 走り方については、大きなストライドで跳ねるように走る欧米人に対して、日本人は小股でチョコチョコと走るのが特徴だった。そのため、欧米人は踵から着地するが、日本人は中足(足の真ん中あたり)の外側、もっと極端な場合、前足(足の前のほう)で着地する。

 このような日本人の足型・走り方のデータに合わせて、HANZOは従来品より側幅を広くし、踵を4〜5ミリ薄くする設計が行なわれた。日本人の走り方では踵が厚いと着地した際に引っかかり、ブレーキがかかったような状態になる。踵部分を薄くすることで、走るときに踵を地面に着けず、中央から前の部分で着地できるようになる。

 また、日本人の”チョコチョコ走り”で着地した状態からの足抜けのよさを出すために、爪先部分の”巻き上げ”も強くした。従来のレーシングシューズと比べ、巻き上げが大きく、地面を蹴った後、次のフォワード・モーションに進みやすいように設計された。


ミッドソールの模型。赤い部分がラピッド・リバウンド、緑の部分がレブライト 次に開発チームが取り組んだのは、軽量化だ。

「シューズを履いている感じがしないほど軽く、足への負担を少なくしたい。しかも、地面に伝えた力を次の動きにダイレイクトに伝えたい。軽量化と反発弾性を実現するため、レブライトとラピッド・リバウンドという2つの素材をミックスしたミッドソールを開発しました。

 レブライトという素材はとにかく軽いんです。でも硬いので、フルマラソンを走ると後半には痛さを感じてしまう。その硬さを緩和するために開発されたのが、反発性に優れるラピッド・リバウンドでした。ところが、こちらの素材は比重が大きく、重くなってしまう。そこで、ランナーのシューズの中と底にセンサーを付け、走っているときは、どこに圧がかかるかを測定しました。その数値に基づき、圧のかかる接地面にはラピッド・リバウンドを使用してクッショニング効果を高め、そのほかの部分はレブライトにして軽量化を追求しました。2つの素材をミックスした、適材適所のミッドソールです」(武田氏)

 続いて検討されたのが、アウトソールだ。ランニングシューズの底に数多くつけられている小さな突起物=エッジ。あれはトラック用スパイクと同じ役目をアスファルトの道路で果たすためのものだが、従来品はベースに衣類素材のメッシュを使用し、その上にプラスチックのエッジがつけられていた。


アウトソール素材のダイナライド。走り込んでも剥がれず、小さな突起物が強いグリップ力を発揮する そのため、エッジがベースから剥がれやすく、耐久性が低かった。また、ベースに使われているメッシュは曲げた後の”かえり”がなく、曲げたら曲がったまんま。そのため、シューズ底の中央部に付けられたプラスチック製の補強材を前のほうまで伸ばして”かえり”を出していたが、ランナーにとって補強材は異物感があり、レース中のストレスとなっていた。こうした問題を解決すべく、開発されたのがダイナライドというアウトソール素材である。

「ベースをメッシュではなく、薄いプラスチックにして、エッジはラバー。言ってみれば、文房具の下敷きの上にラバーの突起物を貼ったようなものです。プラスチックの下敷きは曲げても元に戻る”かえり”があり、ラバーはグリップ力があるからウエットな道路でも滑りにくい。

 そのうえ耐久性が高い。それぞれの突起物は、走り続けるうちに削れていくことはあっても、決して剥がれません。この素材は、プラスチックのスペシャリストとラバーのスペシャリストのコラボレーションから生まれましたが、日本の技術力の高さの証明だと思います」(武田氏)

 さらに、アッパーも余計なものをそぎ落とし、ランナーの要望に応える開発が進められた。アッパー全面を覆うのは、凹凸のあるメルトメッシュという素材。通常の繊維にプラスチックの糸を混ぜて編み込み、熱圧着する。熱で溶けたプラスチック部分が凹み、剛性がアップするとともにフィット感、サポート性も高く、ランナーにとっては「軽くて、足あたりがいい」と感じる。


Nマークの周りのデコボコしている部分にも、最新の技術が使われている「サポート性、ホールド感を高めるために従来はさらにもう1枚張っていましたが、メルトメッシュならこれ1枚で十分です。機能性だけでなく、ランナーが好む見た目の新しさも実現しました」(武田氏)

 ランニングシューズの開発は、このようにデータ取りと素材選びがカギとなる。こうしてできた製品を市場にアピールしていくために、次はマーケティング戦略が重要になってくる。

(後編につづく)

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