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STOL(Short Take-Off and Landing)機にしろ、VTOL(Vertical Take-Off and Landing)機にしろ、さまざまな方法が考案され、試みられてきた。しかし、特にVTOLの分野では、多種多様な手法が試みられては死屍累々、実際に実用機としてモノになった事例は極めて少ない。ひとまず今回は、STOL機の事例をいくつか取り上げてみることにしよう。

○エンジン排気を下に向ける

この後で2つの機体を紹介するが、どちらにも共通しているのは、高揚力装置を備えた主翼を持つだけでなく、さらにエンジン排気を下向きに逸らす仕組みを取り入れているところ。それを実現する方法の違いにより、異なる2種類の方式ができた。

もちろん、高揚力装置も離着陸時の速度限界を下げるためのアイテムだが、それだけでSTOL機を成り立たせるには、まだ足りない。そこでエンジンの排気を下向き(正確にいうと、後ろ斜め下方か)に偏向することで浮揚力を増した。

すると、低速になっても揚力を維持できるので、その分だけ離着陸時の速度限界を下げることができる。この手法をパワードリフトという。

ただし、これは「パワー + ドリフト」ではなく「パワード + リフト」。つまり、エンジンのパワーを揚力につなげているので、こういう名称になる。

○ボーイングC-17AグローブマスターIIIの場合

一番手は、200機以上の量産を実現したボーイングC-17AグローブマスターIII輸送機。開発当初はマクドネルダグラス社の製品だったが、同社がボーイング社と合併したため、現在はボーイング社の製品になっている。

C-17Aは大型の軍用輸送機でありながら、最前線に近いところまで直接乗り付けられる能力が求められた。

ロッキード・マーティンC-5ギャラクシーみたいな「戦略輸送機」だと、最前線より後方の、長大な滑走路を持つ飛行場が必要になる。そこから先はロッキード・マーティンC-130ハーキュリーズみたいな「戦術輸送機」に積み替えて端末輸送を行うことになる。

その手間を省こうというのがC-17Aの狙い。すると、目的地の飛行場が長大な滑走路を備えているとは限らないから、STOL性能が求められる図式になる。

そこで、C-17AはEBF(Externally Blown Flap)という方式を使った。普通に飛んでいる時の外見は、他のジェット軍用輸送機と大して変わらないのだが、実は主翼の後縁に取り付けられたフラップを降ろすと、そこにエンジン排気が吹き付けられて下方に向かう流れができる。

実際にC-17Aのデモフライトを見ると、ビックリするぐらいゆっくり飛んでくる。というと正しい書き方ではない。「C-17はこんなにゆっくり飛べるんですよ」とデモンストレーションしているのだ。

ネリス空軍基地のエアショーで実見した時、「60トンを超える重たいM1戦車を積んで飛べる大型輸送機が、こんなにゆっくり飛べるものなのか」という驚きがあった。

そして、ゆっくり降りてきた時の着陸滑走距離は極めて短い。仕様上の最低着陸滑走距離は1,000mだそうだが、筆者が見た時はもっと短かったと思う。もっとも、デモフライトのときは空荷で機体が軽いから、その分だけ条件はいいが。

もちろん、接地した後で急速に行き脚を止めるために、逆噴射装置(スラストリバーサ)も付いている。ただしC-17Aが旅客機と違うのは、不整地での発着を想定していること。だから逆噴射装置はエンジンナセルの全周ではなく、上半分よりいくらか広い程度の範囲にしか付いていない。

つまり、下のほうには逆噴射の排気が出ないので、地上の土や石が舞い上がりにくいようになっている。もっとも、実際にC-17Aが不整地に降りることは滅多にないようだが。

余談だが、昨年のネリスでは逆噴射を利用してバックするデモンストレーションもやっていた。着陸して行き脚を止めた……と思ったら、いきなりバックでタキシングを開始、それを止めて再び前方にタキシング、という内容だ。

○STOL実験機「飛鳥」

もう1つが、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(当時)が手掛けたSTOL実験機「飛鳥」。実験機だから1機しか作られなかったが、STOLに加えて、操縦席にHUD(Head Up Display)をつけたり、操縦系統にFBW(Fly-by-Wire)を取り入れたりと、いろいろな新機軸があった。

もっともこれは、アメリカみたいにテーマごとにいちいち実験機を作ることができないので、STOLをやるとなった時に、それに乗じていろいろ盛り込んでしまったということなのかもしれないが。もちろん、だからといって「飛鳥」の価値が下がるわけではない。

「飛鳥」の方式はC-17Aとは異なり、USB(Upper Surface Blowing)という。略すと同じだがUniversal Serial Busとは何の関係もない。

USBのキモは、エンジンを主翼前縁部の上側に配置して、排気を主翼の上面に流すところ。そこで主翼後縁のフラップを下げて、コアンダ効果を利用して排気を後ろ斜め下方に偏向させる。

平たく言うと、主翼とその後縁のフラップによって「流れ落ちる」平面を構成して、排気をそれに沿わせる仕組み。「そんな方法で、ちゃんと排気が下に向かって流れてくれるのか ?」と思われるかもしれないが、ちゃんと流れるのだから流体力学というのは面白い。

「飛鳥」は役割を終えた後で、岐阜県各務ヶ原市にある「かかみがはら航空宇宙科学博物館」に展示されている。だから、この博物館を訪れれば誰でも実機を見ることができる。そして、フラップを降ろした状態で展示してあるので、USB方式の現物を生で見られる。

エンジン後方とその外側とで構造が異なる後縁フラップ、エンジン後方に林立しているボルテックス・ジェネレータ(わざと流れをかき乱すことでエネルギーを与えて、気流の剥離を防いでいる)、機内に設けられた各種機器など、見どころはいろいろある。

参考 : STOL(短距離離着陸)およびVTOL(垂直離着陸)研究に使われた実験機 (各務原市Webサイト)

ちなみに、USB方式を使った他の機体としては、アメリカのボーイングYC-14や、ソ連/ウクライナのアントノフAn-72、An-74がある。このうちAn-72/74は、ちゃんと実用機になっている。

(井上孝司)