奇跡の79歳!パリ生活51年のマダムが語る若さの秘訣

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「センスがいい人と言われたい」「いくつになっても憧れの存在でいたい」というのは多くの女性の願望でしょう。

 そんな憧れを体現したような女性、弓・シャローさんをご存じでしょうか。現在なんと79歳! フランスに渡って51年のパリジェンヌです。

 4月27日に、自身のおしゃれと暮らしのアイデアをまとめた『パリが教えてくれたボン・シックな毎日』を上梓します。

◆「これで79歳なら、いいほうだと思わない?」

 弓さんは日本の名家に生まれ、28歳でパリに渡り、デザイナー、人気イラストレーターとして活躍。65歳を自らの定年としてすべての仕事からリタイアし、現在はアクセサリーや絵画などの創作活動を行いながら、1つ年下のフランス人の夫と2人、クルーズや海外への旅と毎日を楽しんでいます。

「人生はね、小さな毎日の積み重ねなの。だから、その毎日をもっと楽しまなきゃ! 日本とフランス、両方に暮らしてみてわかった本当のおしゃれと暮らしの楽しみ。それを大好きな日本の女性たちに伝えたい」と弓さんは言います。

 リタイアしたいまも毎朝のお化粧タイムは30分。ファッションはシンプルなパンツスタイルがベースですが、パールのネックレスやスカーフ、ベルトなど甘辛小物を上手に取り入れています。自分で塗ったピンクベージュのマニキュアが美しい手にはブレスレット、リング、時計を重ねづけ。

「これで79歳なら、いいほうだと思わない?」と茶目っ気たっぷりにほほ笑みます。

 この弓さん、いったいどんな半生を送ってきたのでしょうか?

 同書でも家族の話が出てきますが、実は、のけぞるような血筋のお嬢様だったのです。

◆超お嬢様が、28歳で渡仏したわけ

 弓さんの曽祖父は東京慈恵会医科大学の創設者、男爵位を授かり貴族院議員も務めた医師でした。祖父も医師で男爵、父は建築家で、いずれもイギリス留学経験のあるダンディな紳士だったそう。また弓さんの祖母は、作家・有島武郎や里見を兄弟に持つ、芸術家の家系でした。

 そんな血筋の弓さんは、東京・鳥居坂の邸宅で育ちました。暮らしは英国風で、朝食はトーストとバターとマーマレレードに紅茶。真夏の自宅でも祖父は三つ揃いのスーツに身を包み、父は弓さんには英語で話しかけていたといいます。

 弓さん自身は学習院、田園調布雙葉学園、女子美術大学、セツ・モードセミナーで学び、おしゃれと洋服と絵が大好きな少女として育ちました。途中、睫擴箸論鐐茲撚箸盍泙瓩徳敢盪困鮗困い泙垢、家族はとても明るかったそう。

 没落する暮らしの中で、弓さんは「生きること=働くこと=お金を稼ぐこと」と実感。大好きなおしゃれや絵を描くことを生かして、イラストレーター、デザイナーの先駆者となります。

 やがて28歳で渡仏。親しいデザイナーの高田賢三氏や荒牧太郎氏と合流します。日本の雑誌のファッションページのスタイリングや、雑誌「アンアン」のイラストルポ連載、「プチバトー」などのブランドや、自身のブランドのデザイナーとして活躍してきました。

◆若さの秘訣は「面白そう!と思ったらやってみること」

 79歳とは思えない元気と若さの秘訣はと尋ねると、

「いくつになっても好奇心を忘れないこと。面白そう! と思ったら、あれこれ頭でシミュレーションして迷う前に、やってみる。そして分からないことは知っている人に、素直に『教えて』と聞くことかしらね」という答えが。

「少しばかり挫折しても大丈夫。そのときはわからなくても、時を経てそれでよかったのだと、理由が見えてくるから。だから落ち込んでもいじけずに明るく前を向くことよ」

 著書『パリが教えてくれたボン・シックな毎日』では、86の衣・食・住・対人関係・マインドのアイデアが紹介されていますが、79年の圧巻の人生が凝縮されているかのようです。

<TEXT/女子SPA!編集部>