朱建栄・東洋学園大教授は「日本の南シナ海問題研究のバイアス」と題した論考を提示。南シナ海の帰属問題について、かつて大平正芳外相推薦の世界地図やマスコミ報道で、「中国領」と記されていた事実を明らかにした。写真は南シナ海。

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2017年4月、東アジアの国際関係に詳しい朱建栄・東洋学園大教授は「日本の南シナ海問題研究のバイアス」と題した論考を提示した。このほど発刊された『中国と南沙諸島紛争』(呉士存著)の訳者解説の中で示したもの。中国の驚異的な台頭によって「日本のマスコミ、政治家、学会でも中国を見る目に、かつての余裕、平常心、客観性が失われかけている」と指摘。南シナ海の帰属について、かつては大平正芳外相推薦の世界地図やマスコミ報道でも、「中国領」と記されていた事実を明らかにした。同論考(抜粋)は次の通り。

近年、南シナ海問題は東アジアのホットスポットの一つとして注目され、中国と米国との、さらにASEANや日本との関係も、この問題を抜きにしては語れなくなっている。経済・政治・軍事のいずれの面でも、世界的大国としての地位を固めつつある中国の行方を見る上でも、南シナ海政策は中国外交の理念と政策の具現、「平和的台頭」方針の試金石として位置づけられている。

しかし、現在の日中関係の厳しい雰囲気、日本の対中好感度が各国に比べて異常に低い中で、南シナ海問題の真相、それをめぐる中国の真の姿勢や考えはなかなか伝わらない。日中間で「島」や東シナ海をめぐる係争が激化し、日本経済が足踏みする中で、1990年に日本の8分の1に過ぎなかった中国GDPが日本の2.5倍の規模に一気に膨らんだこともあり、日本のマスコミ、政治家ないし学会でも中国を見る目に、かつての余裕、平常心、客観性が失われかけていると言わざるを得ない。

中国の脅威・崩壊に関する言説はどんなに外れても一向に咎められないが、「親中国」のレッテルが張られると大変だ。南シナ海問題をめぐる報道、研究も同じようなバイアスがかかる。

南シナ海問題に関して、中国の拡張、小国いじめ、「法的支配」の破壊といったイメージが定着しているが、この百年の経緯、中国側の実際の主張と行動はあまり知られていない。かつてはそうではなかった。

1964年、日本の全国教育図書株式会社が発行した『NEW WORLD ATLAS』に「南沙/ Nansha (China)」と表記されていた。この地図集は国土地理院の承認済みとなっており、しかも当時の外務大臣大平正芳の肉筆署名入りで「推薦のことば」が掲載されていた。

1974年1月、西沙諸島の領有権をめぐって中国と南ベトナム(当時)の間で軍事衝突が起きたが、本書で紹介したように当時の日本主要紙の見解は南沙諸島の領有権に関してほとんど中国側に傾いていた。

同月20日に掲載された『朝日新聞』の解説には「南沙諸島の『歴史』をみると、数世紀にわたって、『中国領土』であったとみられ、世界各国の地図にも中国領と記載されていた」とあり、同日付の『産経新聞』記事も、「歴史上の主張となると中国はもっと古い。(中略)観測筋の間では中国側の主張に軍配をあげる意見がつよい」と書いている。同日の『読売新聞』の記事は「これらの群島に対する中国の領有権主張はその他の国より一段久しい歴史を持っており、今回の事件に中国が激しい怒りを表明することは明らかだ」と伝えた。

日本の学界でも以前は比較的公正、客観的な研究が進められていた。本書の検証によると、かつて日本の地図、年鑑、百科事典の多数は南沙諸島を中国領と記していた。

南シナ海問題について関係諸国の資料を一番詳しく収録し、問題の歴史的経緯をもっとも幅広く検証したのは浦野起央著『南海諸島国際紛争史研究・資料・年表』(刀水書房、1997年初版)である。 1000ページ以上に及ぶこの巨著の前書きには、「この南海諸島の地域は、古くから中国人が居住し、その往来が確認されてきている」「『中国の海』であった南海の諸島も、現在は、その自然征服と資源開発をめぐって、世界の発火点の一つとなっている」「一九五一年の対日平和条約で、日本は、正式に権限と請求権を放棄し、中国が、すでに接収していた東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島の南海諸島全域の領有権を引き継いだ」と述べられている。

第一列島線と第二列島線に関する論評は、歴史学における基本的な過ちを犯したものだと言える。これらの列島線はもともと中国が提起したものではなく、米国が朝鮮戦争中に共産主義陣営を封じ込めるために打ちだした包囲網を意味する概念であったからである。

「第一列島線」に関するウィキペディアの中国語説明は次のように記されている。「米国国務長官顧問のジョン・フォスター・ダレス(後に国務長官)が1951年の冷戦中に初めて明確に打ち出した概念であり、地理的含意と政治・軍事的な意味の両方があり、東アジア大陸の東岸を封じ込め、ソ連・中国などの共産主義国家に対して抑止力を形成するための用途があった」。(八牧浩行)