中盤からドリブルで持ち込む小松

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[4.23 第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会1回戦 YS横浜1-2筑波大 BMWス]

 今がそのときだった。大学を中退し、勝負の世界へ飛び込む決断をした。Y.S.C.C.横浜のMF小松駿太は順天堂大を1年で中退し、今季からYS横浜でプレーしている。大学を辞め、セレクションを受けた末に叶えたJリーガーになるという夢。現在はJ3という場で結果を求め、チームからの期待を背に日々励んでいる。

 横浜F・マリノスユースから順天堂大に進学した小松。同期のFW旗手怜央(2年=静岡学園高)やFW浮田健誠(2年=柏U-18)らと切磋琢磨し、関東大学リーグの開幕節からベンチ入り。第4節では先発デビューも飾った。しかしその後はなかなか出場機会を得ることができず。ピッチから遠のくなかで、募った思いは「あのときJ3にいっていたら……」というものだった。

 高校3年生時、J3クラブからオファーが届く可能性もあったが、それを待たずに大学進学を決断。「そのお話を待っていると大学にはいけなくなってしまう時期だったので、大学へいくことを決めたのですが、(進学後の)明確な目標などが設定できなくて、ずっと“あの時あぁしておけば良かったな”というのがあったんです」と言う。

 もしも大学進学ではなく、Jの舞台で勝負をかけていたら、今とは違う未来があったのかもしれない。夏頃から大学中退という選択肢を考え始めた小松は、横浜FMユースの監督だった松橋力蔵氏や、これまで指導を受けたコーチなどに相談。「夏くらいから考え始めて徐々に募ったというか、想いが強くなったので行動するべきかなと。思い切ってチャレンジすることを決めました」。決断すると11月には順大の堀池巧監督の元へ報告にいった。指揮官からは「よく考えた結果なのか?」と問われたが、決意は揺るがず。今年1月に正式に順大を中退した。

 その後はJクラブ入りを目指して、3チームのセレクションに参加。そしてYS横浜から“合格”を受け取った。YS横浜の樋口靖洋監督は「セレクションで彼のプレーを見たときに、サッカーに対する能力、パフォーマンスについては十分にJ3で通用するということで、彼を取りました」と言う。しかし大学を中退して、J3クラブ入りというのは異例のこと。

 指揮官は「彼には覚悟を持って、自分の道を変えたのだろうから、その覚悟をもって我々のチームで頑張れと言いました。うちのチームは正直、このチームで頑張ってチームとして、次のステップに上がることも大事なのだろうけれども。むしろこのチームで活躍することによって、次のカテゴリーに進む、いわゆるクッションみたいなチームなんだよと。だからうちのチームで試合に出られなかったら、お前の将来もサッカーを選べないと思うし、ここでどれだけ頑張れるか。どれだけ自分のプレーを表現できるか、というところに集中してやりなさいという話はしました」と明かした。

 17年1月19日に正式にYS横浜へ加入が内定。今季のJ3では開幕戦・福島戦(0-2)で先発デビューを果たすと、第3節でも先発起用された。しかしチームは今季1分3敗と勝ちなしで結果は出ていない。23日に行われた天皇杯1回戦では、筑波大に1-2で敗れた。小松にとっては、昨年まで同じステージにいた選手たちをJリーガーとして迎えての屈辱の敗戦。

 試合前には樋口監督から「お前と同じ(大学で)一緒にやっていた奴らばかりだぞ。こいつらに俺の方ができると違いをみせろ。今日は関係者もたくさん来ているのだから、しっかりと見せないといけない」と奮起を促され、自身も「Jリーガーというプライドもあった」と人一倍に気合が入るなかで悔しい結末。先発起用され、果敢にボールを奪う場面もあったものの、違いを示すまでには至らずに後半34分に途中交代した。

 「悔しいです」と繰り返すMFは「カテゴリーで言えばJ3と大学では、J3の方が上と思われていますが、実際はあまり変わらないかなと思っていました。大学には負けたくなかったんですけど、こういう結果になってしまって残念」とうつむく。

「結構使ってもらっているんですけど、なかなか勝利、勝ちとか目に見える部分に出てきていないので。もっとわかりやすい結果を残せたらいいなと思います。気持ちも入っていたし、本当に負けたくなかったんですけど……悔しいっす」

 樋口監督は現在の小松について「まだまだ」と言う。「ユースの頃の彼のプレーを知っているので、もっとできると思う。“彼を生かす周りがいるか、彼が生かせる周りがいるか”ということもあるんだけれど。うちみたいなチームであったら、本来は彼がゲームを決められる選手にならなければいけない。そのくらい彼には期待をしている」

「彼が次のステップ、J3より上あるいはJ3でも、もっと上を狙えるチームなどに引き抜かれたりとか。うちは本当にお金を払えないチームですから。彼が本当の意味でプロに、お金を稼げるような選手になるためには、ここで存在感をちゃんと示さないといけない。まだまだと僕自身も思っているし、うちの選手たちも“こいつちょっと違うな”とはまだなっていないので。そのくらいはやらないといけない。そういう覚悟を持って大学を辞めてきたわけだから。期待はしているんです」

 指揮官からの期待、チームからの期待は本人も感じている。「もっと自分が主体的にやらないといけないと思っているし、ここでちょっとできるからと満足したら、そこまでの選手になってしまう。もっと上を見て、自分には何が出来るのかを突き詰めてやっていきたいです」と表情を引き締めた。

 大学を中退してJリーガーになったが、目の前にはまだまだ険しい道が続く。自ら覚悟を持って下した決断。その選択には正解も不正解もない。ただただ自分自身の可能性を信じ、その足で未来を切り拓いていくのみだ。

(取材・文 片岡涼)