なぜ「現時点での米朝戦争はない」と断言できるのか

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緊迫を伝える報道がエスカレートする朝鮮半島情勢。その「本当の緊張度」はいかほどなのか。航空自衛隊の元北朝鮮担当者が緻密に分析する――。

■「軍事パレード」で消耗しきっている

アメリカと北朝鮮の間で、強硬発言の応酬が続いている。「米朝戦争が始まるかもしれない」と有事に備える動きもあるが、筆者はアメリカと北朝鮮の双方とも、ミサイルなどによる先制攻撃に踏み切る可能性はゼロだと考えている。

まずは北朝鮮側の動きについて述べよう。有力な理由のひとつは、北朝鮮の強硬発言の内容が、普段の「アメリカ非難」と大差ないことだ。たしかに北朝鮮は朝鮮中央通信などの国営メディアを総動員してアメリカ非難を続けている。だが、言葉や表現こそ過激なものの、冷静に文脈を読み、これまでの北朝鮮の声明と比較してみると、北朝鮮の強硬発言は「抑制された」「いつも通り」のものだとわかる。

例えば、4月15日に平壌の軍事パレードで演説した崔竜海(チェ・リョンヘ)党副委員長は、「米国が挑発を仕掛けてくれば、即時に殲滅的攻撃を加え、核戦争には核攻撃戦で応じる」と述べている。つまり表現は過激だが、「自分たちには自衛権を行使する権利と、相応の実力があるのだ」と強調しているだけなのである。

今のところ、強い危機感を感じているときに使われる傾向がある「宣戦布告とみなす」というフレーズは出てきていない。そのことからも、北朝鮮の態度が「挑発的」にはなっていないことがわかる。

仮に注意が必要な場合があるとすれば、それは北朝鮮がアメリカ非難を急激に減少させるか、完全に停止させた時である。これは、北朝鮮指導部内で「反米」という基本政策を覆すような大きな動きが生じたことを意味するからだ。

北朝鮮では、国民は幼少期からアメリカへの敵愾心を徹底して植え込まれるため、国民の価値観の大転換をともなう「親米」への急転換は極めて難しい。北朝鮮の独裁者は一貫して「反米感情」を利用した統治を行ってきたため、急激な「親米」への転換は、最高指導者が事実上交代したことを意味するか、その前兆である可能性がある。

4月15日は金日成の誕生日だったため、北朝鮮国内は当局が作り出した「祝賀ムード」に包まれた。そして、予定通り盛大な軍事パレードが執り行われた。

これほどの大規模なパレードとなると、地方からも大量の兵員と装備を平壌へ移動させなければならない。平壌への大規模な部隊移動がクーデターの発端とならないよう、あらゆる場所で徹底したチェックが行われているはずだ。実際に過去の軍事パレードでは、金日成・金正日父子の暗殺未遂事件(1992年4月25日「フルンゼ事件」)が起きている。

周到に計画された軍事パレードのために、参加する部隊は徹底した行進訓練や飛行訓練を行う。この結果、経済制裁で燃料の確保が困難になっているにもかかわらず、車両だけでなく、貴重な航空機用の燃料も大量に消費されることになる。

しかも、金正恩は昨年頃から、軍に戦闘機や長距離砲を含む様々な兵器による「射撃大会」を行わせている。射撃大会には金正恩が視察に来るため、すべてが完璧でなければならない。このため「大会出場者」は高度な訓練を長期間にわたり行うことになる。このような訓練で使用された燃料だけでも相当な量になるだろう。そこにきて今回の軍事パレードである。戦時用の燃料はほとんど残っていないはずだ。

金正恩の視察を受ける部隊の指揮官にとっては、金正恩の視察は自分の命がかかった人生最大の「有事」である。失敗は死を意味するので戦時用の燃料を残しておくという発想自体が消えているだろう。

また、少なくとも4月25日の建軍節(朝鮮人民軍創設記念日)までは、「祝賀ムード」を維持しなければならない。このため、中央報告大会など「士気高揚」のための行事が目白押しになる。ただでさえ空腹の兵士は、行事の連続で疲労困憊の状態が続き、士気などは消え去っているだろう。

つまり現在の北朝鮮軍は、大半の部隊がこれまで以上にまともに戦える状態ではなくなっているのだ。

■米国が仕掛けるなら韓国から避難する

一方、米国側でも、先制攻撃に備えた下準備はまったく行われていない。それは例えば、次のような動きから判断することができる。

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・米韓軍が、在韓米陸軍の非武装地帯付近への前方展開といった臨戦態勢に入っていない。
・米韓軍の対北朝鮮情報監視態勢「WATCHCON」(ウォッチ・コンディション)が強化されていない。
・米韓合同軍事演習「フォール・イーグル」に参加したアメリカ軍部隊が韓国から撤収している。
・在韓米軍及び在日米軍の家族のアメリカ本土への避難が始まっていない。
・在韓国アメリカ大使館が韓国国内のアメリカ人に注意を呼び掛けていない。

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このほかにも、韓国国防部(国防省)報道官が4月11日の記者会見で、「SNSなどで流布されている情報に惑わされてはならない」と述べるなど、「米朝戦争」が始まれば最も甚大な被害を受けるはずの韓国でも「先制攻撃説」を否定する報道が出始めている。(いずれも4月17日現在)

たしかに事態の緊迫さを示す動きはある。アメリカ太平洋軍は空母「カール・ビンソン」を朝鮮半島近海へ展開(在日米海軍の空母「ロナルド・レーガン」は昨年末から横須賀で定期修理中)するほか、空軍のWC-135C大気収集機(地下核実験後に放出される微量の放射性粒子を収集する)及びRC-135S弾道ミサイル情報収集機が、4月7日に米本土から飛来して嘉手納で待機している。また、米海軍は弾道ミサイル追跡艦「ローレンツェン」を先月30日から佐世保で待機させている。

アメリカ軍のこのような措置は、「米朝戦争」ではなく、北朝鮮において核実験が実施される可能性が高いことを意味している。

北朝鮮は4月16日に弾道ミサイルを発射したが、失敗だったうえ、大陸間弾道弾(ICBM)ではなかったため大きなニュースにはならなかった。世界が注目しているのは、弾道ミサイルの発射ではなく、核実験なのだ。

北朝鮮はさんざん「強硬発言」を続けてきた後なので、絶対に失敗はできない。もし失敗すれば金正恩のメンツは丸つぶれである。そうしたリスクが存在するにもかかわらず核実験を実行したとすれば、それは北朝鮮の自信の現れであり、核開発がアメリカの想像以上に進んでいることを意味する。

では、北朝鮮が核実験を行ったら、アメリカは先制攻撃をかけるのだろうか。私はその可能性もほぼゼロだと考えている。次回以降、その理由を述べる。(つづく)

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宮田敦司(みやた・あつし)
1969年名古屋市生まれ。ジャーナリスト、北朝鮮研究者。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校語学課程修了。北朝鮮を担当。1989年日本大学法学部政治経済学科入学、1994年卒業。1999年日本大学大学院総合社会情報研究科博士前期課程入学。2005年航空自衛隊退職。2008年日本大学大学院総合社会情報研究博士後期課程修了。北朝鮮研究で博士号(総合社会文化)を取得。近著に『北朝鮮恐るべき特殊機関』。

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(文=ジャーナリスト・元航空自衛官 宮田敦司)