巨大な市場として大きなポテンシャルを秘めるアフリカ。一般的に発展途上国というイメージがあるものの、フィンテックの分野では電子マネーの「M-PESA」や決済サービスの「BitPesa」といったサービスが普及するなど、先進国以上の発展がみられる面もあり、注目を集めています。

そんなアフリカで高級ファッションブランド「andu amet」を立ち上げ、国境を越えたものづくりに取り組んでいる鮫島弘子(さめじま・ひろこ)さんにお話をうかがいました。

鮫島弘子(さめじま・ひろこ)

株式会社andu amet(アンドゥアメット)の代表取締役兼チーフデザイナー。ボランティアとしてエチオピア、続いてガーナへ赴任したあと、外資系ラグジュアリーブランドに入社し5年間マーケティングを経験。2012年、世界最高峰といわれるエチオピアンシープスキンを使用したレザー製品の企画・製造・販売を行う株式会社andu ametを設立。現在はエチオピアに在住。日経ウーマンオブザイヤーキャリアクリエイト部門賞(2012年)、2013年APEC若手女性イノベーター賞(2013年)、日経ビジネス「日本の主役100人」(2014年)など、多数受賞。

世界最高峰のレザー、エチオピアンシープスキンを使用したブランド


── 鮫島さんの事業「andu amet」について教えてください。

鮫島:シープスキン(羊革)に特化したラグジュアリーファッションブランドです。特徴は、世界最高峰のレザーと評されるエチオピアのシープスキンを素材として使用していることと、素材調達から企画、生産まですべてをその皮革産地であるエチオピアの直営工房で行っていることです。素晴らしい素材の産地であるエチオピアで行い、最終加工製品を日本で販売しています。



── 私も今日初めてエチオピアシープスキンを触らせてもらい、その独特の感触に感動したのですが、鮫島さんも最初にエチオピアでシープスキンを触ったときには感動しましたか?

鮫島:それが、実は最初にエチオピアのマーケットでシープスキンを見たときは、「あ、こんなものか」っていう感じだったんです。エチオピアのシープスキンが素晴らしいということは事前に聞いていたんですが、実物を手にして、期待していたものとずいぶん違うな、と。というのも、多くの途上国では、本当にいいものは、海外に輸出されてしまうんです。コーヒーやチョコレートでも、例え産地であったとしても国内市場に良いものは残らないんですよ。私はエチオピアに住んでいたために、逆にエチオピア産の本当にいいシープスキンを目にすることがなかったんです。

その後、エチオピアでファッションショーの仕事をしたとき、さまざまな素材を集める中で、エチオピアのレザーの中でもハイエンドのものを目にする機会があって、そのときに初めて「これはすごい!」と思いました。ふんわりと柔らかな触り心地、なめらかさ、独特の深い艶や色合い、強度...全てにおいて、これまで目にした全ての羊革の中で、間違いなく最高峰だと。

でも一方で、こんなに素晴らしい素材にもかかわらず、エチオピアにはほとんど利益をもたらしていないことにも気づきました。素材の状態でイタリアなどの先進国に輸出されていくため、素材を加工する技術や商品化する技術がエチオピア国内では育たず、お金も大して落ちていかないのです。

 それより以前、日本でデザイナーをしていたのですが、短期間で価値がなくなるファストファッションのような製品のデザインをするのは自分にとってもつまらないし、お客様にも何かもっと価値のあるものを提供したいとずっと思っていました。そんな経験もあって、エチオピアの素晴らしい素材を贅沢に使用し、また現地の情熱をもった職人たちを育成して、贅沢に手間暇かけたものづくりができたら、デザイナーである自分にとっても、手にするお客様にとっても幸せなのではないかと思うようになったのです。それが、今のブランドを始めたきっかけです。


── 今、創業して何年目ですか?

鮫島:日本の会社を作ったのが2012年ですので、そこから数えると丸5年です。働いていた会社を辞めてエチオピアへ渡り、起業準備をスタートしたのは2010年。工房を立ち上げ、人を雇い、サンプルを作り始めました。そのエチオピアの工房を現地法人化したのは2015年です。


── アフリカで起業されたのはボランティアでエチオピアとガーナに派遣されたという経験がすごく大きかったと思いますが、アフリカでビジネスをするつもりは最初からあったのですか?


鮫島:全く思っていませんでした。そもそも私、ビジネスや経営に興味がなかったのです。デザイナーってアートや音楽などクリエイティブな世界には興味あるけど、経営や数字管理はさっぱりという人の方が多くないですか?(笑) 私もそんな感じの一人でした。


── 実際に、エチオピアでビジネスするときに一番大変だったところはどこですか?

鮫島:いっぱいありすぎて一言で言うのは難しいのですが、初期はエチオピアの職人たちに、日本市場に合った品質のものを作ってもらえるようにすることがやはり最大の課題でした。理解しあえず、泣いたり怒ったりもしました。だまされてしまったこともありますし、一生懸命その人のためにいいと思って行動しても全く理解されず、独り相撲してるように感じたことも何度もありました。

現地でボランティアとして2年以上滞在してからの起業なので、自分では、現地のことも起業した後にどのくらいの苦労が待ち構えているかということもそれなりにわかっているつもりでしたが、ボランティアとビジネスではやっぱり全然違って...。それでも長い時間をかけて、膝を突き合わせて議論したり、一緒に笑ったり泣いたり苦労をしたりとさまざまな経験を経て、ようやく向こうも信頼してくれるようになりましたし、私も以前よりは彼らが理解できるようになり、そうこうしているうちに品質も自ずと上がっていきました。


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エチオピア現地工房の職人たち。


もう1つの問題は、能力やモラルの低いエチオピアの役所とのやりとりですね。工房でものを作るだけでなく、税金を払ったり輸出手続きをしたりと、役所へ行くことはしょっちゅうあるんです。職人は直接雇っている人たちだから、丁寧に指導できるし、例えば頑張ったら給料を上げるとか、個人的に悩みを聞いてあげるとか、社員旅行に連れて行くと言ったように、モチベーションを上げる方法もいろいろ考えられます。パフォーマンスが低いときは叱咤激励することもできますしね。でも、お役所の人たちにはそうはできないですから厄介です。


── 具体的にどんな問題があるんですか?

鮫島:例えば、製品を輸出するときは国税局や税関などでさまざまなプロセスが必要なのですが、その中で、役人が弊社製品を右手にボールペンを左手に持ちながら作業をするので「ボールペン、危ないから気を付けて。間違ってバッグにインクを付けてしまったら売り物にならないから」と注意すると、「余計なお世話だ、そんなことはしないぞ」とかなんとか言いながら結局書いてしまう。それで次の時に「前回こういうことがあったから、ボールペン持ちながらバッグに触らないで」と注意すると「それは自分じゃないのに、なぜそんなことを言うんだ。自分はそんなことしないぞ」と言いながら、やっぱり書いてしまう。こんなことが繰り返されます。

官僚主義で、問題があったりしても他責に考え自分の行動を変えようとしないですし、おまえらは言うことを聞けという上からの姿勢なんですよね。ロジックが通用しないときは、高い階級の人に相談するなど、正攻法以外の手段を取ることもあります。


── 日本以外の販売先はどこを考えていますか?

鮫島:いまはまだ、日本の皆様にお届けすることでいっぱいいっぱいなのですが、将来的には、欧米やアジアの方にもandu ametの製品を使っていただきたいなと思っています。実は昨年の夏に、ご縁をいただきロンドンの展示会に出展したのですが、とても好評だったんです。ユニークなデザインが、たくさんの製品が並ぶ展示会の中でも目を引き、さらに社会や環境へもきちんと配慮していると話すとほとんどのバイヤーさんに興味を持ってもらえました。欧米では、企業に求める社会的責任の基準が高いので、andu ametが、アフリカのそれもエチオピアに直営工房を持ち、フェアトレードで生産していること、水や空気をできるだけ汚さない、環境に配慮された皮革を用いていること、伝統技法やハンドメイドを多く取り入れていることなどが、高い評価を得たんです。


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andu ametのアイコン商品のHug Hug。レザーとは思えないほどふわふわした感触が印象的。


ただ、売れるならどこにでも売ろうとは思っていなくて、できるだけ自分たちの思いがきちんと伝わるような場所や業態で販売したいと思っています。大量生産への疑問からたどり着いたのがこのブランドなので。そういう意味では、展開するエリアやお店は引き続きじっくりと探すつもりです。


「エシカルな商品だから」というキレイごとだけでは売れない


── 社会的起業とかエシカルファッションが台頭して10年くらい経ってますね。andu ametは、そう呼ばれるのに十分な取り組みをされていると思いますが、店頭の様子やHPなどを拝見しても、「途上国のかわいそうな人達が作ってるから、買ってください」「良いことしているから寄付してください」というやり方は一切していない。その部分が、他と違うところだなと思っています。社会起業家になりたくてなったわけじゃなくて、デザイナーとしていいものを作りたくて、それが結果としてエシカルになったというのもユニークですよね。

鮫島:実は起業当初は売るツテもなく、方法もわからなくて、エシカルを前面に出しているとあるイベントに、2〜3カ月間参加させていただいたんです。でもそのときはあまり売れなくて。そこで、エシカルを前面に出すことはやめ、andu ametというラグジュアリーなブランドとして、自分たちだけでポップアップストアを開催するようにしたら、少しずつ売り上げが上がるようになりました。

日本でも、エシカル消費を増やした方が社会のために良い、と考えている人は増えてきていますが、そのために自分のお財布から10万円出せる人は少ないんです。でもエシカルを推さずに、他のブランドと同様に店頭にバッグを並べ、それを品質やデザイン面で気に入ってもらえたら、それが10万円でも買ってもらえる。そのことに気づいたんです。


── つまり、ビジネスに寄っているということですよね。いい物を作ってそれを売るっていう、本当の意味でのビジネス。そして、ちゃんと利益が出てビジネスとして成り立っているからこそ、エチオピアの人々に自信を与えられ、結果的に生活を変えていくことができる。

鮫島:製品で勝負したビジネスで成り立たせてこそ、現地の人に誇りを与えられるというのは本当におっしゃる通りで、私たちが一番気をつけているところでもあります。これを作ったのは障碍者だとか、売春婦だとか、貧困層だとか、そういう人たちは本来は大したものづくりなんてできないのに、こんなに頑張って作ったんだからどうか買ってやってくれとか、そういうプロモーションが広がれば広がるほど、作っている人たちも、その製品も貶められている気がしています。

自分の美学として、そういう売り方をしたくないし、しなくても売れるんだということを証明したいですね。売って儲けたいというより、売ることでキチンとしたビジネスになるということを証明したい。だから、絶対倒産できないというプレッシャーはあります。弊社が倒産したら、「andu ametって色々きれいごと言っていたけれど、結局あれじゃダメってことだね」となってしまうと思うんですよね。


── andu ametはビジネスモデルでいうとSPA(商品の企画・開発から原料調達、製造、マーケティング、プロモーション、販売までを一貫して手掛ける小売業態)になりますね。コストも相当かかると思うのですが、それらを抑える工夫としてはどんなことをしていますか?

鮫島:実店舗を持つ代わりに、オフィスを週末、お店として使わせていただいたり、財務や法務、販売やPRなどの分野においてプロボノに活躍してもらったりしています。プロボノというのは、プロフェッショナルなスキルを持ったボランティアのことですが、私自身も起業前に経験し、自分自身のためにもなりました。ぜひ多くの方にオススメしたいと思っています。


── プロボノさんはどうやってお知り合いになったのですか?

鮫島:皆さん自分から応募してくれます。弊社のウェブサイトに募集要項があり、最低週3〜5時間くらいで、毎月のミーティングには必ず出られること、主体的に仕事ができることなどの条件が記載されています。エッセイなどを書いて送ってもらい選考します。

手伝ってもらえるならなら誰でもいいわけではなく、担当任務が遂行できるだけのスキルや時間が本当にあるのか、その人が弊社でのプロボノを通じて何を成し遂げたいのかなどをしっかりと確認し、厳選された人だけがメンバーとなります。


── お仕事ではどんなツールを使っていますか?

鮫島:コミュニケーションにはFacebookのメッセンジャーとグループ機能を使うことが多いですね。タスク管理はサイボウズ、スケジュール管理はGoogleカレンダーなど、他にも色々と使っています。日本とエチオピア、社員とプロボノなどリモートコミュニケーションの多い弊社ですが、ITツールが発達している現代だから成り立っているビジネスだと言えるかもしれません。


── アフリカとのやり取りもFacebookですか?

鮫島:そうですね。Facebookは発展途上国のマーケットやユーザーのことを考慮されてデザインされているので使いやすいです。

WhatsAppもアフリカで普及してますね。アフリカって色々な部分で日本より発展が遅れていると思われがちですが、ITに関して日本より進んでいる部分もあります。エチオピアはインターネットがあまり普及していないのですが、他のアフリカの国への出張ではいつもUberやAirbnbを使っていますし、ドローンがビジネスの現場で使われつつある国もあったりしますよ。


── 鮫島さんは青年海外協力隊のご経験があり、それがご自身の後々のキャリアにつながった良い例だと思いますが、協力隊を終えたあとのキャリアというのは1つの社会的な課題だと思います。その点について、どうお考えですか?

鮫島:日本の市場はこれから縮小するので、企業は、新興国や途上国を含めた海外にこれまで以上にどんどん進出していかないと、立ちゆかなくなりますが、一方で若い人たちの内向き志向が課題になっています。でも多くの日本人にとってハードルが高いと思われるような国でこそ、元青年海外協力隊の人が、戦力になると思っています。


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ガーナ赴任時代の鮫島さん。


── とにかくたくましいですよね。

鮫島:たくましいし、フレキシブル。物がなかったり、法が未整備だったりするアフリカのような国々では「こうしないとダメだ」とか、「○○がないからできない」と言ってたらビジネスはできませんが、協力隊の経験者は、現場で鍛えられた突破力とフレキシビリティでそんなときにも解決策を導き出せる人が多いのではないでしょうか。私は現地で起業しましたが、協力隊の経験なくしては絶対にできなかったことです。現地の風習や言葉、現地における知識や人脈など、当時身につけたことがすべて役に立っています。

Peace Corps(ピースコープ)という、アメリカ版青年海外協力隊のような組織がありますが、そこでの経験はアメリカ国内で高く評価され、大学卒業後の進路のトップランキングに過去何十年にもわたって入り続けているし、帰国後の就職でも困ることはないと聞きます。日本の青年海外協力隊やその他のボランティア活動も、もっとキャリアとして評価されるようになると良いと思います。


── 最後に、「ビジネスを通して途上国を支援する」という志を持った今の鮫島さんみたいな若者がいるとして、そういう人たちにアドバイスするとしたらどんなことを言いますか?

鮫島:私も、まだまだ道の途中にいるので、偉そうなことは言えないのですが、自分が好きなもの、得意なものを複数組み合わせて新しいジャンルを作って見るのはオススメです。世の中にはすごい人がたくさんいるので、何か1つの得意技ではなかなか勝負できないけど、これとこれとこれの組み合わせであれば自分が世界一、というジャンルが何かしらかあると思うんです。自分の例で言えば、私よりアフリカやエチオピアに詳しい人も、エシカルファッションに詳しい人も、デザインに詳しい人も、ラグジュアリーブランドの業界に詳しい人もいくらでもいると思うのですが、そのすべての世界に精通している人って多分ほとんどいないんです。狭い世界ですが、自分が世界一だという気概を持って今後もこの世界を極めていこうと思っています。

あとは自由にいろいろと挑戦するマインドでしょうか。日本にいると、ああじゃなきゃ駄目、こうじゃなきゃ駄目という制約を強く感じます。もっと自由にフレキシブルになんでも始められればいいと思います。ゴールなんてセットせず、走りながらずっと考え続けていくことが大切なのかもしれません。



経営者でありながらデザイナーでもある鮫島さんから感じたのは「本当にいいものを作るためには妥協しない」という信念です。andu ametの商品にはそんなこだわりが具現化されていました。

andu ametの商品は実店舗である「Gallery andu amet」に展示されていて、購入もできます。ぜひ一度、手にとってご覧になってみてください。


andu amet|公式ウェブサイト

(聞き手/米田智彦、文/大嶋拓人)