霜降りの牛は、歩けない、失明、薬づけetc...まだ霜降り肉が好きですか?

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 健康な牛を食べたほうがいいよと言われて、そんなの当たり前じゃないのと思ったら、ちょっと世間知らずかもしれません。

◆ふつう動物にあんなに「サシ」は入らない

 私は現在、焼肉店の料理長をしていますが、お客様に、「出荷の直前までちゃんと歩けて運動できている牛ですから美味しいですよ」とリコメンドすると、え? 歩けるのが素晴らしいの? ほかの牛はどんな? という質問が返ってきます。

 サシのたくさん入った霜降り肉の牛には、太って歩けなかったり、糖尿病のような症状で目が見えなくなっていたりする牛がいるのです。無理に太らせているから病気になりやすく、予防のために薬もやたら打つことになります。

 牛舎の中にギュウギュウ詰めなんてシャレにもならないことで、よくネットで写真が回ってきますが、フォアグラになるガチョウ小屋と変わりません。

 どんな牛でもこういう無理をさせれば霜降りになるのかというと、実はそうではないのです。

 もともと、日本の黒毛和牛は赤身に脂が入りやすかった。そこに肉牛農家の方々が工夫に工夫を重ねて、サシの割合を増やしていった。そういう経緯があります。

◆輸入肉と闘うための必死の工夫だったのだが…

 では、なぜそうしたのかというと、そのほうが美味しいと確信していたからというよりも、赤身の強いアメリカやオーストラリア牛と、見た目の差別化をはかりたかったからじゃないかと思います。

 1990年代に導入された牛肉自由化によって、安い輸入牛と競争することになったときに、肉牛の農家さんたちはねじり鉢巻で(見てませんが)考えた。

 どうすっか、と。このまま黙って壊滅を待つのかと。

 その答えが、霜降りの、一目瞭然にピンク色の牛肉を作ることと、格付けをすることだったんじゃないかと。格付けと聞くととっさに国際的な評価なんだろうと思ってしまいますが、A5とかB3とかの牛肉格付けは、日本食肉格付協会という純国産の公益社団法人(1975年設立)が定めているものです。

◆格付けと値段が高いと、美味しい気がしてくる

 ABCは、一頭の牛からどれだけの正肉が取れるかという効率性を表しており、数字はサシの割合や色つやを評価します。この基準に照らすと輸入牛は不利で、だいたいがB3止まりになります。

 極端な言い方をすると、格付けとそれに伴う高額な値付けとが先で、それを美味しい(のだろう)と感じたのはあとだということです。

 味覚は自分が感じたまま、わがままなものと思うのがふつうかもしれませんが、そうでもなくて、たとえばネットで検索して評価が低いと、さっきまでおいしいと感じていたものが、あれ? そうでもないのかとひっくりかえったりする。もちろん、逆もあります。

 あんまりうまくもないじゃないかと感じているのに、有名人がほめている、そうすると頭の中でおいしいにちがいないと組み替えてしまうのです。

◆「霜降り大好き」な潮流が変わってきている

 その意味で、日本の肉牛農家の選んだ戦略は、アメリカとの牛肉バーリトゥード(何でもありの戦い)で十分に健闘してきたといえるのかもしれませんが、私はここに来て潮流が変わるんじゃないかと見ています。

 どう変わるのかというと、サシ、つまり脂を評価しなくなる時代が来るんじゃないかと(そういえば、今年1月、浅草の老舗すき焼き店「ちんや」が、「脂過剰な霜降り肉はもう出さない」と「適サシ肉宣言」をして話題になりました)。

 一つには、最初に書いたようなアニマルウェルフェア(動物に苦痛を与えない)の問題で、若い世代が敏感に反応するでしょう。

 そしてもう一つの要因は、昭和30年代〜40年代前半生まれくらいの大量消費の世代が歳を重ね、衰える時期に差し掛かっていることです。私は30年代の最後のほうの生まれですが、前後5年くらいの年齢差の友人たちはことごとく、サシは「もう」要らないといいます。

 もし赤身がはやったら、せっかく振り切ったアメリカやオーストラリアと同じ土俵になってしまうと心配される向きもいらっしゃるかもしれませんが、大丈夫、日本の農家のあくなき創意工夫にかける情熱は決してしなびたりはしませんから。

<TEXT/畑井貴晶>

【畑井貴晶】
フードクリエイター、マーケティングコンサルタント。白金のカフェ&ダイニングバー「blanc noir」、みなとみらい「Audi Cafe by blanc noir」をプロデュース。現在、新橋「炭火焼肉有田牛」料理長、茅ヶ崎駅ビル「アロハストリートカフェ」のフードコーディネーターなどを務めているが、元々はマーケティング業界に籍を置いていた。著書『大人のマーケティング』(古本のみ)。