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text:Steve Cropley(スティーブ・クロプリー)

 

幸運にも、ヘニカー・ミューズの小さな白い家の住人たちは不在だった。まだ、朝の6時だ。できるだけ音を立てないよう、気は遣った。

しかし、世界最古のアストン マーティンを、サウス・ケンジントンでも特に家々が混み合う区画の、石畳の通りへ運び出し、撮影をしようというのに、騒ぎをまったく起こさないというのは、どだい無理な相談だった。

2階の窓を跳ね上げて、まるで古い映画のシーンのように、われわれを怒鳴りつけてくる住人がいなかったのは幸い、というわけだ。

そのクルマは、1915年型アストン マーティンA3。小さく、控えめなスタイリングのオープン・スポーツだが、今や控えめに見積もっても£20,000,000(28億円)の価値がある。アストン マーティン・ヘリテイジ・トラスト所有の一台で、アストン マーティンのブランド名を持つ3番目のクルマそのものだ。

当時、この静かな馬小屋由来の建物は、アストン マーティンの前身である自動車修理会社のバムフォード&マーティンが初めて工房を構えた地である。朝の薄明かりの中、われわれは「聖地」に立ち、数年前にアストン マーティン・オーナーズクラブ(AMOC)が設置した銘板を眺めていた。

目のあたりにするアストン マーティンA3

現在は走れる状態ではないが、搭載された1.5ℓエンジンはブルックランズで136km/hを叩き出した実績を持つ。当時、これは途轍もない記録だった。エンジンは沈黙していても、今回の旅の出発点として外すことはできなかった。ここから、彼らの104年の足跡を、アストン マーティン数台に乗って可能な限り巡ろうというのだから。

最終目的地はセント・アサン。国防省による旧空軍基地再開発にあたり、アストン マーティンが新工場を建設する土地だ。

そこでは、2015年に発表された革新的なクロスオーバーEV、DBXの量産仕様が2019年から生産される予定となっている。

さて、その旅の起点へ、こんな早朝から集まったのには訳がある。まずは、行程が長丁場であること。次に、朝7時を過ぎると、ロンドン中心部の渋滞が悲惨なものになること。引っ掛かったら、数時間のロスは覚悟しなければならない。

そして、ヘニカー・ミューズからは、美しくも10年以上ぶりにステアリングホイールを握る、2004年式ヴァンキッシュに乗ること。£100,000(1,398万円)のクルマに身体を慣らす場としては、空いた道がいいに決まっている。

まずはV12ヴァンテージで旅路に

そんなわけで、7時までにはロンドンを脱出し、アストン・ヒルの古く、泥にまみれたヒルクライム・コースを目指していた。

バッキンガムシャーのアストン・クリントン村から程近く、幹線道路のA41から逸れてすぐだ。言うまでもなく、創業者のライオネル・マーティンがシンガーと自製のマシーンを駆り、アマチュア・レーサーとして名を馳せ、社名の由来となった地である。

今やマウンテンバイク乗りのメッカとなったアストン・ヒルだが、鬱蒼たる森の木漏れ日降り注ぐ光景は、歴史の趣を感じさせる。

そこに辿り着くまでには、自分が乗るV12ヴァンキッシュが素晴らしいクルマであることを再確認していた。これは前期の466ps仕様で、527psに強化されたヴァンキッシュSではなく、トランスミッションはオーナーたちから6段MTへの換装を望む声が高まっている、パドルシフトの2ペダルMTだ。

2001年登場という車齢ゆえ、新型車に乗り慣れているとやや怖さを覚えることがあるかもしれないが、それはこのクルマの絶対的な魅力を損なうものではない。

エンジンはスムースでフレキシブル、しかもサウンドは絶品だ。最近ありがちな排気切り替えバルブや人工音の添加装置に邪魔されない、想像しうるベストなV12エグゾースト・ノートを聴かせてくれる。個人的には、走りの勢いも十分すぎるほどだ。常に、トルクにあふれている。

創業者のライオネルも100年前に嗅いだであろう春風に半時間ほども浸ったあと、われわれは北へと舵を切った。アストンが2007年まで、戦後50年以上に渡り生産の本拠地としていたニューポート・パグネルを目指して。

>DB4 GTライトウェイトの復刻生産の場所へ

2003年にアストンが、ジャガー・ランドローバーに隣接する現在のゲイドンへと居を移した後も、ヴァンキッシュを生産し続けたニューポート・パグネル。

もちろん、レストアや特注車製作などを請け負うアストン マーティン・ワークスは、この地で活動している。お目当ては、そのリーダーであるポール・スパイアズと会見すること。彼らの次の仕事は、25台限定のサーキット・スペシャルであるDB4 GTライトウェイトの復刻生産だ。

思い出すのはニューポート・パグネルの全盛期に、ワークスが完璧にレストアしたDB6を走らせたことだ。現在では£300,000(4,193万円)の価値があるクルマ。これは至高の一台だった。

キャビンは想像していたより広く、快適で、レザーの芳しい香りに満ちていた。ワークスは細心の注意を払い、当時の質感と香りを再現していたのだ。そして走りは、トルキーでリラックスした、アストン一族の流儀に間違いなく則ったものだった。

そのステアリングホイールの細いリムと小さなシフトノブは1968年当時を伝え、やや引っかかりのあるシフトチェンジのタッチも時代を感じさせたが、随所にうれしいメカニカル・フィールが行き渡っていた。やや毛羽立ったような感触のエンジンも、古き佳きといった印象だ。