『高安と母ビビリタさん』

「俺は高安に横綱にしてもらった。今度は、俺が高安を大関に引き上げる」

 稀勢の里は最近、この言葉をよく口にするという。

「入門以来、3歳上の稀勢の里は文字どおり高安の兄のような存在。たんなる、兄弟弟子の間柄以上の関係があるのです」(スポーツ紙記者)

 関脇・高安(27・田子ノ浦)は2005年、15歳で鳴戸部屋に入門。部屋には18歳で新入幕を果たしたばかりの稀勢の里がいた。

「鳴戸部屋は、角界一厳しい稽古で有名でした。あまりの厳しさゆえに、高安は何度も脱走しています」(同前)

 そのころの様子をよく知る人物が、高安後援会監事の横山和裕さんだ。

「松戸の部屋から、茨城県土浦の実家までは約50km。その距離を自転車で逃げてきた。でも家には帰れないから、近所の公園のブランコに座って泣いていた。お父さんや中学の先生が探し出して部屋に連れ帰ったんですが、計7回は逃げ出していますよ」

 逃げ出すたびに連れ戻され、親方からは説教、稽古場ではより壮絶なしごきを受ける日々。そんな高安のそばには、いつも稀勢の里の姿があった。

「すでに関取になっていた稀勢の里ですが、先にしごきを受けるがごとく、率先して厳しい稽古に励んでいた。それを見た高安は、その辛さに比べれば自分はまだマシだと思ったそうです。
稽古が終わると、稀勢の里は少し笑うような顔で高安に『辛抱しろ。お前は必ず強くなれる』と、そっと声をかけてくれたといいます」(前出・記者)

 鳴戸部屋はほかの部屋の力士との交流を禁じられ、出稽古もおこなわれなかった。部屋の所属力士も少なく、稽古の相手は限られていたが、2人は切磋琢磨し、ともに力をつけていった。
高安の存在がなければ横綱・稀勢の里は誕生しなかったと言っていいだろう。

「初場所の優勝後、稀勢の里は『高安のおかげだよ』と、自らの気持ちを口にしています。もちろん高安にも稀勢の里に稽古をつけてもらって強くなったという気持ちはある。間近で兄弟子の優勝を見たことが、高安のモチベーションになっている」(相撲ジャーナリスト・荒井太郎氏)

 茨城県出身、野球経験、中卒での入門など、2人には共通点も多い。高安の素顔を明かすのは後援会の方々。

「小学生のときはリトルリーグ、中学では野球部。とにかく優しい。一昨年、地元土浦の祭りにゲストで来てもらったときは、サインの行列が300人くらいになってね。それでもイヤな顔もせず、時間いっぱいまで一生懸命サインしてくれましたよ。汗だくになってね」(事務局次長・松井修一さん)

「フィリピン出身の母親ビビリタさんの誕生日が9月16日なんですが、入門以来その日に負けたことがない。初めてもらった懸賞金は、お母さんに渡したそうです。家族思いで、親孝行のために相撲道を極めたいと言っています」(横山さん)

(週刊FLASH 2017年4月11日号)